三井物産のコングロマリットプレミアムとは

2017/12/11 <>

・11月の世界経営者会議(日経主催)で、三井物産の安永社長の話を聴いた。2015年に上位の役員32人抜きで社長に就任した、その時54歳の執行役員であった。1983年入社、プラント事業の推進で、リーダーシップを培ってきた。

・商社は、もともと貿易を軸に手数料を稼ぐビジネスモデル(BM)であったが、トレーディング(取引)からインベストメント(投資)へ軸足を移し、事業投資で新たなBMを築いた。事業投資は、金融投資とは違う。実際の事業に入り込んで、事業をプロジェクトとして推進していく。

・投資に対するリスクマネジメントが十分でなければ、失敗することもある。投資に失敗はつきものである。それを個々のプロジェクト毎に、そしてポートフォリオ全体として、いかにマネージしていくか。その力量が問われる。商社はリスクアセットに対するリターンをマネージする仕組みを社内にビルトインしており、それをベースに経営に当たっている。この仕組みは金融機関よりも優れている。

・金融における機関投資家は、顧客から託された資金を、例えば株式に投資してリターンを稼ぐ。リターンの源泉である株式会社をよくみていくが、通常、経営に参画することはない。分散投資を基本に、ポートフォリオ全体としてのリターンを追求する。

・事業投資では、資金も出すが、最も大事なリソースである人材を投入する。対象とする事業の企画、立ち上げ、事業インフラの構築、事業のオペレーションまで、広く関わっていく。海外事業であれば、各国の企業や政府と関わって、プロジェクトを推進していく。プロジェクトマネージャー(PM)のマネジメント力は人材の決め手であろう。

・安永社長は、物産のビジネス遂行に当たって、社員に「ジャングルガイド」であれと鼓舞する。ジャングルに新しい道を作っていく。そのためのガイド役になっていくべし、という意味である。本人は、黒海のパイプラインやサハリンのLNGプラントで、そのような道を切り開いてきた。サハリンのLNGビジネスは、1987年にスタートして、いくつもの困難を乗り越えて、1999年に原油が、そして2009年にLNGが出荷されるようになった。

・「人が仕事を作り、仕事が人を磨く」というフレーズを持論に、人材こそ物産のコアであり、企業を革新する源泉であると主張する。BMの革新は人材に依存し、物産ではそのウエイトが圧倒的に高いということであろう。

・安永社長は、物産は人を創り、その人がBMを構築し、BMを通して世の中に新しい価値を提供するという。こうした人材を強化するために、社内の起業制度もいろいろ工夫している。

・人材から構成される組織を、1)商品、2)地域、3)機能、という3つの軸で捉える。16の商品本部があるが、各本部にまたがる境界領域を伸ばす方針である。3つの地域本部では、若手を2年間受け入れ、海外経験を人材育成の柱にしている。

・過去25年で45カ国へ1400名が出た。機能では、ファイナンス、マーケティング、デジタルトランスフォーメーションなど、各々のプロフェッショナルを活かす。今年は、CDO(チーフデジタルオフィサー)を新たに任命した。

・物産は、6つの事業のコングロマリット(複合事業体)である。「360°ビジネスイノベーション」がコーポレートビジョンであるが、1)金属、2)機械・インフラ、3)化学品、4)エネルギー、5)生活産業、6)次世代・機能推進、という6つの事業体が、どのように企業価値を作っていくか。

・株式市場において、商社はいろいろなビジネスをやっているので、個々の事業をまとめた全体の評価がはっきりできないし、よくわからないといわれる。そこでコングロマリットディスカウントが生じている。物産でいえば、PBR=ROE×PER という関係式において、直近でみると、PBR 0.7 倍 = ROE 9.5 % × PER 7.2 倍という評価である。

・PERが、1.0を下回っているということは、今の財務資本を上回る企業価値(無形資産)を作っていないのではないかとみられている。無形資産の内容でいえば、物産が最も大事にする人材(ヒューマンキャピタル)がPBRに反映されていないことになる。

・マーケットが正しいとすると、財務資本の中に何か負の資産(不良資産)が内在しているのではないかと疑っているともいえる。逆に、本当は高い価値があるのに、投資家は分かっていない。長らく分かりにくい状態にあるという見方も成り立つ。

・ROEで9.5%が見込めるのであれば、今の水準は高い。しかし、PERが7.2倍ということは、将来の利益成長が十分期待されていないことになる。これは、いま儲かっていても、いつ何時、利益がドスンと落ちるかもしれないという懸念の現れかもしれない。中長期的に安定的に利益が拡大するという確信が持たれていないともいえる。

・2017年度にスタートした新中期計画「Driving Value Creator」では、事業がいろいろあってよく分からないというコングロマリットディスカウントを脱して、いろいろある事業から、新しい成長領域を創りだしていく。それをBMとして見える化し、‘コングロマリットプレミアム’を創っていくと、安永社長は宣言する。

・地域、商品、機能をつないで、新しいBMから新しい価値を持続的に創りだす。そのためには何が大事か。コアの人材の専門性は本質であるが、これだけでは外部から分かりにくい。1)イノベーターは誰か、2)それを組織能力として、どのように築いているか、3)新しいBMの姿は何か、4)いろいろあるなら、各々のBMをしっかり示してほしい。

・ここが投資家からみて納得できるならば、ディスカウントからプレミアムに転換しよう。人材育成は時間がかかる。ダイバーシティの推進、仕事を通したロイヤリティの向上、PM(プロシックマネージャー)の育成機会などにも取り組んでいるが、その効果は通常見えにくい。

・安永社長は、1)つなげるからつくるへ、2)ナビゲーターからプレイヤーに、3)ソリューションを提供するBMを通して価値創造企業へ、を掲げる。商社は、商社業界で競争しているのではない。マーケットは互いに違っていると強調する。

・物産のコングロマリットプレミアムは実現するか。まずは少数株主となって今後の展開をフォローし、確信が高まったら持分を増やすという投資行動を実践したいと感じた。

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