ゲームのルールが違う~アナリストの対応はいかに

2017/07/18 <>

・7月に日本IR学会の年次大会(15回目)が開かれた。パネルディスカッションのテーマは、「2つのコード時代のIR」であった。SSC(スチュワードシップ・コード)とCGC(コーポレートガバナンス・コード)をめぐってさまざまな議論があった。その中で、筆者が注目した点をいくつか取り上げてみたい。

・西山ストラテジスト(野村證券サステナブル投資調査担当)は、SSCとCGCをベースに、企業と投資家がエンゲージメント(目的を持った対話)を深めていくと、「コンプライorエクスプレイン」ではなく、「コンプライandエクスプレイン」が重要になってくる、と述べた。まさにその通りであろう。

・2つのコードについて、建前としてコンプライする(受け入れて従う)だけでなく、実際にどのように実行しているかを知りたくなる。そのエクスプレイン(説明)を求める。従来からコンプライしないならきちんと理由を説明せよ、というorが基本であるが、コンプライの中身をandで問うて、エクスプレインの実効性を評価することが本来の姿であり、重要性を増している。

・アステラス製薬のCGはうまくいっている。これをどのように実感するのか。監査役会設置会社として、取締役6名中4名が独立社外、監査役会の5名中3名が独立社外である。諮問機関として指名/報酬委員会を設置し、委員長も社外である。

・アステラスの岡村執行役員(経営企画担当)は、取締役会に陪席して議論を聴いていると、経営の重要事項について活発な意見交換がなされており、社外取締役が守りではなく、もっと攻めを加速するような施策を求める場面も多々あるという。

・アステラス製薬は2つの会社(藤沢と山之内)が合併した当初(2005年)から、全く新しい会社としてのガバナンス作りに力を入れてきた。CGCが具体化してきた時には、すでにそれらのコード適合する体制を整えていた。CG改革は、アステラスの企業価値創造に明らかに役立っており、前期のROE 17.3%はできすぎとしても、新薬開発ビジネスで患者の価値に大きく貢献している。

・長期投資になるほどESGの重要性は増してくる。りそな銀行の松原GL(責任投資グループリーダー)は、企業の売上→利益→キャッシュ・フロー→戦略→企業文化というように、目先の財務価値から非財務的な企業価値へ、新しいESG型AM(資産運用)へ展開していく。時間軸は非財務に行くほど長くなる。財務的投資判断から非財務も巻き込んだ中長期的投資判断にいかに結びつけていくか。ここが腕の見せ所である、と強調する。

・DDM(配当割引モデル)は、P(株価)= D(配当)/〔r(割引率)-g(成長率)〕という式で簡略的に示されるが、ESGを重視した経営は、rに相当する資本コストを下げることに貢献するとして、一方では局面によってgの成長率を下げるかもしれない。ESG投資はこの〔 r-g 〕のバランスの中に機会(オポテュニティ)がある、と松原氏は説明する。1つの見方であろう。

・企業と投資家のエンゲージメントを、IR活動とどう結びつけるか。丸井グループの場合は、年2回の決算説明会を、企業価値についての対話の場と位置付けており、持株会社の社長・取締役が、短期及び中長期の展開力と業績について説明する。その2週間後の事業中経説明会(IR DAY、上期)では、小売事業とフィンテック事業の個々の会社の社長・取締役が中期的な事業戦略について、対話を行う。

・さらに、見えない資産についての共創経営レポート報告会(IR DAY、下期)では、社外取締役や現場の担当者はもちろん、取引先の担当者なども参加して、投資家と直接対話を行う。共創経営では、これまで見過ごされていたモノやコトを取り込んで包括するという意味のインクルージョン(包摂)を重視する。

・サステナビリティの基本として、あらゆる人々を排除することなく包含して、質の高い生活を享受できるように活動する。くつのサイズを売れ筋に限るのではなく広げる、障害者に店舗に来てもらって快適に楽しんでもらう、フィンテックのサービスをより広げていくなど、インクルージョンという考え方で、サステナビリティを追求している。

・丸井はかつての厳しい局面からの企業再生を経て、投資家との対話に全面的に取り組むことにした。とりわけ、資本コストを経営のKPIとして明確に位置付けた。これによって、社内のビジネスはもちろん、投資家とも共通語で話せるようになった、と加藤取締役(上席執行役員、IR担当)は強調する。

・筆者は、昨年12月の共創経営レポート報告会(統合報告)に参加した。そして、2017年3月期の決算説明会と事業中経説明会の後、丸井をフォローするセルサイドアナリスト6名のアナリストレポートを読んでみた。

・決算後の説明会なので、速報性が必要なのかもしれないが、青井社長の企業価値についての説明、中期計画の進捗に関する対話がメインだったのも関わらず、アナリストレポートの内容にはかなりのギャップがあった。ビジネスにおけるゲームのルールが全く違っていると感じた。

・アナリストのレポートは短期の業績コメントと、株価判断(目標株価)の修正が中心で、会社の中長期的分析は一部にしかみられない。業績予想が中心で、そのモメンタムを重視している。構造変化や中長期の業績に一部言及しているレポートもあるが、その内容は全く不十分である。レポートの内容を筆者の基準(A、B、C)で格付けすると、Bクラスが2本、Cクラスが4本であった。

・決算速報という色彩が強いにしても、アナリストのビジネスモデルの転換には相当のパワーを要すると感じた。会社は企業価値の創造について語っている。その中身やストーリー性が不十分であるという見方もあろうが、ここについてアナリスト自ら分析を深める必要がある。

・ESGについても相当力を入れてフォローし、アナリスト自ら評価する力量を身につけて、レポートの中に書き込んでいくことが求められる。投資家はそれを求めているし、今後その勢いは大幅に強まってこよう。

・すでに方向ははっきりしている。とすれば、アナリストはビジネスモデルの変革に向けて、ゲームのルールを革新する必要がある。さもないと、価値ある存在として生き残ることはできない。アナリストの仕事は不可欠であり、重要性と必要性は高まっている。しかし、それは今日の延長線ではない。新しい路線への転換を急ぐべきであり、そのリーダーシップが問われている。

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