資金調達の工夫~ライツ・オファリングの活用

2017/05/08 <>

・上場企業が資金調達をする時、公募増資が当たり前の時代があった。企業が成長するには投資のための資金が必要であり、借入だけは不十分で株式による調達(エクイティ・ファイナンス)が財務バランス上求められた。

・かつてはエクイティ・ファイナンスを発表すると株が上がることも多かったが、今や株は下がってしまう。ファイナンスをするということは成長投資をするはずなので、成長の機会があることを意味する。投資をすれば、いずれ儲けが拡大する。利益が伸びれば株価も上がるという構図であった。

・今は、本当に投資をするのか。借金を返すのに使ってしまうのではないか。投資をしても、本当に儲かるのか。リスクの高い投資は危ない。エクイティを使うと株数が増える。ひいては自分の今の株式の持分が減ってしまう。将来の成長よりも、今の持分の減る方が確実である。その希薄化(ダイリューション)を嫌気して株が下がるという図式である。

・機関投資家はエクイティ・ファイナンスを嫌う。本当だろうか。成長への投資機会を活かして、将来の利益を2倍、3倍に増やしてくれるのなら、そのためのファイナンスを応援して、株価の値上がりや増配を期待したいはずである。そこをどう理解してもらい、納得してもらうかが問われている。

・時価総額100億円の企業がもう一段成長したいと考えている。内部留保を活用した投資だけでは、豊富な投資機会が活かしきれない。銀行から借り入れは行うが、一定の自己資本を充実していなければ信用は得られない。現在、純資産は60億円である。内部留保が年間4億円であるから、自己資本比率を25%確保したいと思えば16億円は借金できるかもしれない。合わせて20億円の投資はできる。

・これに対して、30億円のエクイティ・ファイナンスができたら、自己資本比率25%として120億円の借入が可能となり、合わせて150億円の投資ができることになる。その投資を確実に実行して、投資家の期待に応えるようなリターンが上げられるならば、それは大いに注目できよう。

・時価総額100億円の企業が30億円のエクイティ・ファイナンスを行うことができるだろうか。ダイリューション(希薄化)を招くので、株価は2割強下がってしまうかもしれない。将来の利益成長ではなく、足元の株数増加だけを織り込んでしまうからである。

・とすれば、このファイナンスに当たって、2つのことを考慮しておく必要がある。1つは、30億円のファイナンス資金を活かして、3年後、5年後に利益を2倍、3倍にできるような投資案件を組み込んだビジネスモデル(価値創造の仕組み)をがっちりと作り上げることである。

・もう1つは、足元のダイリューションを懸念する既存株主や投資家に、それを回避するような機会を平等に提供することである。不平等なダイリューションを避ける方策があるならば、それを実行することが望ましい。

・4月に、エー・ディー・ワークス(ADW、コード3250、東証1部)はノンコミットメント型のライツ・オファリングの実施を公表した。中長期の成長資金の調達を目的としたファイナンスである。

・ライツ・オファリングとは、新株予約権という権利(ライツ)を株主に無償割当で提供(オファリング)し、その権利行使(行使価額)で払い込まれる資金でお金を集める手法である。

・この新株予約権は東証に上場され、自由に売買されるので、権利を割り当てられた株主は、権利を行使してお金を払い込みたいと思わなければ、その権利を市場で売却することができる。

・つまり、会社は今後の成長のための元手となる資金を、株主に平等に出してくれとお願いする。その成長投資で株主が中長期的に儲かると思えば、追加の投資に応じることになろう。それが納得できなかったり、自分の資金の都合が合わなかったりする場合は、自分に割り当てられた権利は使わずに、市場で誰か別の人に売って、それをキャッシュ化することもできる。

・儲けの機会を手離すのだから、一定の金額で売れる公算はある。新株予約権に値段がついて、売買できることになる。市場なので、売りたい人と買いたい人の折り合いがつかなければ、売買としての価格は成立しない。人気があれば高くなり、人気がなければ安くなる。安ければ売ることよりも、権利を行使して、もう1株手にいれた方がよいかもしれない。

・ライツ・オファリングは、既存の株主に平等に投資の機会を提供する。誰か他の投資家が入ってきて、自分の持分が減ってしまうということにはならない。例えば、時価発行増資で、株式が30%増えたら、翌期の一株当たり利益は単純にみれば23%減ってしまう。それだけ既存株主の持分が減少する。ひいては、EPSが減るのだから、PER(株価収益率)が同じとすれば株は下がり、BPS(一株当たり純資産)も同じとすれば、ROEも下がってしまう。

・そうならないためには、このファイナンスによってEPSが短期的には減ったとしても、投資が活きてくるにつれて、将来のEPSが大きく増えてくることが期待される。EPSの拡大、つまり利益成長が見込まれるなら、EPSの増加とともにPERも切り上がってくる。当然、ROEも高まってくる。PBR=ROE×PERであるから。PBR(株価純資産倍率)も上がってこよう。

・ROEを上げるには、売上高利益率を高め、資産の回転率を上げる必要がある。PERを上げるには、EPSの成長率を高める必要があるので、成長機会を実現させることがカギとなる。PBRは、BPSが簿価上の純資産であるから、今回の投資によって、新しいBM(ビジネスモデル)の無形資産(人的資産、知的資産、組織資産など)がどれだけ高まってくるかを示す。

・ADWのライツ・オファリングは、ノンコミットメント型で、しかも行使価格ノンディスカウント型である。

・ノンコミットメントというのは、権利行使が確実に約束されないことを意味する。逆に、コミットメント型というのは、権利行使が確実にコミット(約束)されたタイプで、もし権利行使がなされなければ、最後は引受証券会社がそれを実行する。つまり、行使がすべて確実に実行されるので、資金調達の目途がたちやすい。

・一方で、引受証券会社は引受リスクを下げたいので、ディスカウント比率を大きくする。また、ディスカウントされた行使価格をベースに特定の投資家に大量に売却されるのであれば、大株主の変化にも結びつく。

・ノンコミットメント型は、引受をコミット(約束)しないので、権利行使がなされない可能性があり、目的とするファイナンス額に届かないことがある。一方で、ディスカウント率が少なくて済むというメリットがある。

・今回のファイナンスは、行使価格ノンディスカウント型なので、株価に対して、行使価格のディスカウントを想定していない。ここが全く新しい。新株予約権の市場価格の理論値は、〈普通株式の時価-新株予約権の行使価額〉であるから、ディスカウントによる株価下落の可能性は排除されることになる。

・一方で、株価が行使価額以下で推移すると、権利行使が進まず想定した資金調達ができないことになる。それでもADWはあるべき姿を求めて、株主、投資家にファイナンスを求めていくことにした。

・具体的には、どんな内容なのか。6月29日の株主総会で承認が得られれば、7月12日の株主に対して1:1の割合で新株予約権を無償割当する。4月25日の取締役会で今回のファイナンスを決議したが、その前日の株価39円が行使価額である。但し、株主総会の前日の株価が39円より下がった場合は、その前日の株価を行使価額とする。

・以下は39円を行使価額として話を進める。新株予約権の総数は約223百万個である。39円×223百万個=約87億円に相当する。権利行使の期間は7月13日~9月12日の2カ月間である。

・この期間でどのくらいの権利行使比率となるか。100%なら発行費用(1.6億円)を差し引いて、85億円の調達となる。50%なら発行費用(1.2億円)を差し引いて、42億円の調達となる。もし、株価が39円より下の水準でずっと推移するならば、権利行使は0%となって、資金調達もゼロとなるかもしれない。

・そこで、今回のファイナンスでどんな投資をしたいのかをよく吟味しておく必要がある。会社サイドの説明によると、目的は2つある。1つは、収益不動産残高の戦略的拡充で、コア事業の基盤を強化する。もう1つは、不動産テック関連への投資を推進し、不動産特定共同事業法を活用した新しい不動産流通マーケットのプラットフォームを創っていくことである。

・行使比率50%のケースでは、42億円のファイナンスのうち、40億円を収益不動産の残高拡充へ、2億円を不動産テックに使う予定である。40億円を利用した収益不動産の残高拡大に伴う賃料収入は、年間2億円(税引ベース)が見込め、このROEは5.0%(2÷40)に相当する。

・一方、40億円の自己資金が用意できると、79億円の銀行借入が可能となる。合計で119億円の新規不動産取得が見込める。この収益不動産をバリューアップして、その売却益を逐次実現していく。2年で1回転とすると、年間60億円の売却で、そこでの利益(税引ベース)も1.0~2.0億円が想定できる。全体でROEは7~10%となるので、投資家の期待に応えることができよう。

・ADWのライツ・オファリングは今回で3回目である。過去を振り返ると、1回目は2012年10月に実施し(ノンコミットメント型、7400円の株価に対して行使価額4000円、ディスカウント率45.9%、権利行使比率92.8%)、約5億円を調達した。5億円あれば銀行から25億円が借りられたので、30億円のビジネス拡大ができた。

・2回目は2013年10月に実施し(コミットメント型、70円の株価に対して行使価格20円、ディスカウント率71.4%、権利行使比率100%)、約22億円を調達した。これによって収益不動産残高は、2013年9月末の64億円から2017年3月末には200億円へ拡大した。

・2012年9月末で時価総額10億円の会社が、2回のライツ・オファリングを活かして収益基盤を強化し、時価総額100億円前後の会社へ事業を拡大した。これはライツ・オファリングなくしてはできないものであった。

・今回のファイナンスでは、どのくらいの権利行使比率になるか。1回目は92.8%、2回目は100%であったが、今回はファイナンスの公平性、平等性を考慮して、ノンコミットメント型、日本初の行使価額ノンディスカウント型を選択している。

・最大の大株主である田中社長(持株比率19.7%)は手持ち資金から数千万円分は権利行使を行うが、それは全行使可能額の一部にすぎない。持株比率は下がってよいという考え方をとる意向である。

・行使比率50%で42億円のファイナンス、25%で21億円のファイナンスとなるが、20億円あれば60億円の収益不動産の残高が積み上げられる。40億円あれば119億円が可能となる。会社サイドとしては、1)日本企業として先行し、収益性の高い米国収益不動産ビジネスの拡大、2)フローの回転よりもストックを重視した収益不動産残高の積み上げを重視している。これによって、収益の安定化が進むので、事業基盤は強化される。

・また、不動産テックでは、不動産関連の小口化投資商品の流通プラットフォームを本格稼働させる。子会社スマートマネー・インベストメントを軸に地位の確立を目指している。

・現在株主は1.2万人強と多い。100株で3900円、1000株で3.9万円、1万株で39万円の払い込みとなる。1万株以下の株主が大半を占める。多くの少数株主にとって、投資可能な金額の範囲であろう。前2017年3月期の配当は年間0.55円である。1000株として550円、3.9万円に対しては1.4%の配当利回りである。

・これに対して、今2017年9月末の中間配当で、1.65円の感謝配当を行う予定である。株主として3回のライツ・オファリングに協力し、会社を応援してくれたことに対する株主還元である。それを感謝配当と名付けた。いわゆる株主優待ではなく、全株主に対する平等の株主還元である。1.65円は4.2%の配当利回りに相当する。この配当利回りは高いので、権利行使する価値はあろう。

・中間配当1.65円に対して、期末配当は決まっていない。ファイナンスの状況をみて、検討することになろう。もし従来通りの0.35円とすると、通期の配当は2.0円である。権利行使後の株価が40円とすると配当利回りは5%となる。この配当利回りが想定されると、株価は50円程度に値上がりしてもよい。なぜなら、株価50円でも4%の利回りが見込めるからである。

 ・中期の事業展開も十分期待できるので、株主や投資家の理解が得られるなら、今回のファイナンスはうまくいくものとみられる。当社の本業のなかでは、個人富裕層への米国ビジネスのユニークさと、不動産テックのプラットフォームへの展開の可能性、に大いに注目したい。同時に、今回のファイナンスが既存株主を大事にした成長資金の調達である、という点も高く評価したい。

株式会社日本ベル投資研究所
日本ベル投資研究所は「リスクマネジメントのできる投資家と企業家の創発」を目指して活動しています。足で稼いだ情報を一工夫して、皆様にお届けします。
本情報は投資家の参考情報の提供を目的として、株式会社日本ベル投資研究所が独自の視点から書いており、投資の推奨、勧誘、助言を与えるものではありません。また、情報の正確性を保証するものでもありません。株式会社日本ベル投資研究所は、利用者が本情報を用いて行う投資判断の一切について責任を負うものではありません。