海外から見た日本のコーポレートガバナンス
・英国の運用機関ベイリーギフォード(Baillie Gifford)の話を聴く機会があった。ここはエジンバラに本拠地をおく世界的にも有力な長期機関投資家である。その中で、コーポレートガバナンスを統括しているマリアンヌ ハーパー ゴウ氏の意見は興味深い。注目すべきいくつかの論点を取り上げてみたい。
・ベイリーギフォードは1908年創業の資産運用会社で、パートナーシップ制をとっている。41人のパートナーで会社を所有しており、AUM(運用資金)は20兆円、9割がグローバル株式である。社員は1000名、このうちファンドマネジャー、アナリストが100人、コーポレートガバナンスチームが10人で、マリアンヌ氏はガバナンスチームのリーダーである。
・運用会社として、M&Aをしたことはなく、内部成長を基本とする。人材も新卒から自社で育成している。短期業績を気にせず、リーマンショック時でもリストラは行っていない。株式運用は長期のボトムアップ方式で、経営陣の評価を最も重視している。ESGもこの観点からみており、昔から企業とのエンゲージメント(対話)を実践してきた。
・最も大事なことは、コーポレートガバナンス(CG)が企業文化にまで結びついているかどうかにあると主張する。カルチャーは人によって作られる。なかでも、価値観、社外取締役、モチベーション、時間軸がとりわけ重視される。
・スチュワードシップ(SS)活動は、企業に対する深い洞察につながる。SSという考え方自体は新しいものでなく、‘注意深く管理することを託す’倫理観や道徳観に基づく。運用の世界ではこの10数年で広まってきた。英国、日本をはじめ各国でスチュワードシップコード(SSC)が作られてきた。米国でも作成されている。
・日本のCG改革やSS原則の実践は、この2年でかなり進捗したが、まだ回り道をしていると指摘する。コーポレートガバナンスコード(CGC)は1つのきっかけであり、コンプライorエクスプレインも1つのフレームワークである。CGCを踏まえて、その実践が問われるが、時間がかかりすぎているという。
・CGCのエクスプレインは単なる言い訳ではない。自社のフィソロフィーを語って、理解を求める行動である。日本のCG改革はいい方向に進んでいるが、まだピッチが遅い。企業文化として定着させるには、マインドセットと変え、CG改革の定性評価を行い、役員のトレーニングにも力を入れていく必要がある。経営陣全員が、あるべきCGについて体得すべきである。
・かつて、英国でも社外取締役は楽な仕事で、経営者の友だちレベルという時期もあった。しかし、今や専門的で責任を伴う役割を担っており、尊敬される仕事となっている。その点でみると、日本では、プロのCFO、プロのIR担当者、プロの社外取締役が少なく、役員のダイバーシティが全く不十分であると指摘する。
・質の改善が求められる。形だけのコンプライよりも真剣にエクスプレインすべし、社外取締役の質の改善を図るべし、そして、カバナンス報告書の改善を行うべし、と強調する。また、アセットオーナー(AO)、アセットマネジャー(AM)のガバナンス改革も、日本においては急がれる。
・一方で、日本の相談役は役割が不明なので、社内には残らず、社外で貢献すべきであると進言する。元社長が相談役で残るのをエクスプレインでもよいが、本来的には社内に残らない方がよい。必ず何らかの権力が残るからである。それでは新たな経営改革が出来ない。
・CGCやSSCの制定や見直しは世界各国で進んでいる。由来や背景は異なるとしても、コードの中身については類似性が高まっている。米国でも2年前までは、われ関せずというスタンスであったが、ここにきてCGのコモンセンス、SSのフレームワークができている。米国も本格的に動き出した。
・SSCにおいて、英国で取り入れられているコレクティブアクション(集団的エンゲージメント)は、株主がまとまってCEOを交代させようという極端なものではないと説明する。個々の株主と個別に対話するよりは、まとまった方が時間の効率がよい。また、株主の意見を1つにまとめるという面でも効果がある。英国で実際に議論になるのは、報酬のあり方が中心であると指摘する。
・カルチャーという点では、日本の労働市場にみられる終身雇用的なフレキシビリティの低さは弊害である。働き手がもっとダイナミックに仕事を選べるようになった方が、活力が出るという考えだ。執行担当のマネジメントも多様であってよい。社内育ちの同質マネジメントだけでは強さがあるとしても、大きな変革を起こしにくい。
・これらの論点を踏まえて、3つのことを考えておく必要があろう。1つは、SSCに基づくエンゲージメント(対話)において、日本のファンドマネジャー、アナリスト、あるいはCG担当の運用者も、長期の企業価値向上をめざすマネジメントとはどのようなもののかについて、十分に身についているとはいえない。
・2つ目は、トップマネジメント経験者が相談役で会社に残るのではなく、社外取締役の役割を担うべしというのはその通りであるが、今求められる新しい経営ではなく、昔ながらの経験を持ち込まれても、それは通用しない。3つ目は、ESGについてもまだ建前先行である。企業価値創造のプロセスとの結びつきをもっと突き詰める必要がある。
・こうした活動は始まったばかりであり、効果が上がるのには3~5年を要しよう。マリアンヌ氏が指摘するような企業文化にまでCGCやSSCが定着してくるにはさらに時間を要しよう。この局面で決定的な差がついてこよう。本物の新しい企業と新しい運用機関が育ってくることを大いに期待したい。