『自由貿易はいいことだ』をいかに乗り越えるか

2017/03/29 <>

・日銀の長井滋人国際局長の話を日本証券アナリスト協会で聴いた。テーマは、『トランプ政権と国際金融システム』であった。ダニ・ロドリックのグローバリゼーションパラドックス、つまり、①経済のグローバル化と②国家主権と③民主制は同時に成り立たないのではないか、という見方にどう応えるか。

・トランプ大統領は貿易不均衡を問題にして、保護主義に走ろうとしている。これは戦後70年間続いてきた「自由貿易はいいことだ」という原則への挑戦である、と長井局長は問題提起する。

・国際金融システムにおいては、1)自由な資本移動、2)固定為替相場、3)独立した金融政策、という3つが同時には成り立たないというトリレンマを抱えてきた。ブレトンウッズ体制では資本規制を行い、ドルペッグ制をとってきたが、ニクソンショックでドルペッグが崩れた。

・80年代のレーガン時代は、プラザ合意、ルーブル合意などの協調為替介入で何とか安定を保とうとした。90年代以降は、強いドルは米国にとって国益という考え方の下、各国はマクロ政策の最適化を用いてきた。

・変動相場制に移行したが、インフレターゲットをベースにおいた。為替にかわるアンカー役として、インフレターゲット(2%)を用いて、国際金融システムの安定を図ってきた。このパラダイムが揺らいでいる、と長井局長はいう。

・こうした枠組みでの自由貿易はでき過ぎで、その繁栄が行きすぎをもたらしたと指摘する。中国のグローバルバリューチェーンへの参入、途上国の発展と資源ブーム、米国での住宅ブーム(サブプライム証券投資)などが大きく貢献した。しかし、リーマンショックの後は、貿易がスロートレードとなり、投資も鈍ってきた。拡大均衡のためのフロンティアが不足している。

・保護主義は、自由貿易による繁栄の反動であり、米国においてはグローバル経済で勝ち組に入らなかった人々の不満が高まった。低スキル・中スキルの雇用が減少し、高卒以下の雇用が減少した。家計メディアンの一人当たりGDPは伸びていない。低賃金の仕事は戻っているが、中賃金の仕事は戻っていない。中低所得者の債務はリーマンシュック(サブプライムショック)後十分回復していない。

・①世界経済は長期停滞には入ったのではないか、②自由な資本移動は各国の独自な金融政策の妨げになっているので、資本規制をした方がよいのではないか、③物価は安定していても金融バブルは発生してくる、といった議論が続いている。

・トランプ大統領は、保護貿易でここに楔を打とうとしている。これでうまくいくとはとても思えない。そこで、これからの企業経営と投資戦略を考えるに当たっては、2つの点に着目しておきたい。

・第1は、トランプ大統領が80年代の貿易政策をイメージしているのであれば、その当時の経験を踏まえて、手を打っていくことである。当時は日米自動車摩擦が大騒ぎであった。低燃費で安くていい車を輸出して何が悪い、という日本側に対して、それが悪いと反論された。自主規制は解決にならず、日本の自動車メーカーは10年かけて米国での現地生産を進めた。

・現地生産で儲かるのか、現地生産で日本並みの品質が確保できるのか、米国の工場労働者をマネージできるのか、米国で作ってブランンドが維持できるのかなど、さまざまな懸念を見事に克服していった。

・グローバルな国際分業は、経済的に合理的で、望ましい姿でもある。しかし、産業や企業の国境を越えた栄枯盛衰は、必ず特定の地域や雇用にマイナスの影響をもたらす。個々の企業にできることは、もう一歩踏み込んで「地産地消」を進めることであろう。その経営力が問われている。

・第2は、企業家も投資家も、トランプ政策を見据えながら、事業や投資のグローバルポートフォリオを見直す必要がある。これまでよりもリスク分散を図りつつ、新しいフロンティアを探し、切り開いて行くことが重要である。

・企業にとって、各国の政策は経営環境としての前提である。その政策が突然大きく変わる局面にある。トランプ政権がやりすぎれば、いずれ反動もくる。そのリスクを考慮しながら、グローバル経済の新たなフロンティアを求めて、前進する姿勢は経営にとって必須であろう。そういう企業をポートフォリオに組み込んでいきたい。

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