アナリストがやってよいこと、やってはならないこと
・日本証券業協会より、この7月にアナリスト活動に関するガイドライン(案)が出された。上場企業(発行体)への取材と投資家への情報伝達に関して、「やってはならない」ことを示している。
・証券会社に属するセルサイドアナストは、もともと守るべきルールが定められている。大局的には3つある。1つは、「根拠のある分析」を行うこと。いい加減な予想や誤解を招くような誇大な表現を使ってはならない。
・2つ目は、「インサイダー情報」を用いてはならない。会社が公表していない株価に影響する情報については、入手してはならない。万が一入手した場合は徹底的に管理して、会社が公表するまでは、一切使用してはならない。
・3つ目は、「フロントランニング」をしてはならない。自分が入手した情報や分析した情報は、アナリストレポートを通して、投資家に平等に、同時に公表すべきである。特定の投資家に個別に、時間差を持って、早く伝えてはならない。
・セルサイドのアナリスト組織を運営する証券会社にとって、これは守るべきルールであり、すでに常識である。ところが、ビジネスの世界では、常識であるルールが守られないことがある。どの世界にもグレーゾーンがある。それは、ルールの範囲内か、ルール違反か、というきわどい領域をどう判断するか。通常であれば、安全サイドをとる。疑わしきは近寄らず、である。
・ところが、ビジネスは商売であり、まさに金儲けである。いかに差をつけて、有利に収入を得るか。そのことにとらわれると、顧客に迎合したり、よこしまなニーズに合わせたりする。お客のニーズに対応することは悪いことではない、あるいは、多少曖昧でもそこに勝機があるならば行動してよい、と判断しがちである。
・個人の判断で勝手に動くこともあれば、組織として行動することもある。この時、どうストップをかけるか。これがリーダーのコンプライアンスやリスクマネジメントに対する判断であり、けん制を働かせる組織が機能しているかどうかが問われる。
・従来、アナリストレポートのあり方について全般的な指針はあったが、セルサイドアナリストの情報伝達行為について、規制や考え方を十分示していなかった、と日本証券業協会は判断しているようだ。そこで、今回のガイドラインは、アナリストの取材と情報伝達に関するルールを明確にしようとした。
・プレビュー取材や早耳情報の提供を禁止して、アナリストレポートによる情報の伝達が原則であると明示する。では、機関投資家との対話において、口頭で個別に伝達してよいことは何か。具体的にみると、1)アナリストレポートに書かれた内容の背景事実や詳細分析の補足説明はよい、2)アナリストレポートで公表済みの内容はよい、という認識である。一方で、アナリストレポートにない未公表の情報や異なる情報については、個別に伝達してはならない、ということになる。
・繰り返しになるが、アナリスト活動に関する取材と伝達の在り方に関する今回の提案は、自主ルールとしての禁止項目が多い。その中で、従来からアナリスト活動を適切に行ってきた組織にとっては、すでに守っていることも多い。インサイダー情報の管理や情報のフロントランニングの禁止は当然である。
・では、何が新しいか。1)短期業績に関する早耳取材はやるな、2)未公開決算情報の取材はやるな、3)レポートに書いた内容以外のことは選択的に伝達するな、4)投資判断に影響する情報は重要な情報でなくても選択的に伝達するな、5)レポートにない長期分析評価を選択的に伝達するな、ということになる。
・その考え方は分かるが、これではアナリストも企業のIRサイドも委縮してしまい、円滑な対話が成り立たない可能性が高い。では、企業のIRサイドはどうすればよいか。
・1つは、セルサイドが何を知りたがっているかをよく咀嚼して、議論の材料については何ら制約をかけずに会話することである。過度に未公開情報にこだわると、マネジメント、イノベーション、ESG、パフォーマンスのリスクマネジメントについて、対話ができなくなってしまう。我々は、未公開情報がほしいのではない。将来の企業価値創造に資する材料を一緒に議論して、認識を深めたいのである。
・2つには、短期の定量データについてフライングしてはならないが、実績のデータの解釈については定性的な議論に乗ることである。我々は早耳情報でフロントランニングしたいではない。データや情報の意味づけを議論したいのである。
・そして、3つ目として、中長期の展開について、セルサイドは何を疑問に思っているかを問い、そのシナリオの蓋然性について議論することである。将来は分からないが、ビジョンや中期計画がある。経営者の思いと戦略の実行可能性については、たえず議論したいのである。
・また、機関投資家に属するバイサイドアナリストに対しても、当然セルサイドと同じスタンスで臨むべきである。ラージ、スモール、ワンオンワンなど、ミーティングの形式も心配しなくてよい。実効ある対話ができるメンバーを、実績をベースに選んでいけばよい。その時、新しいアナリストやファンドマネジャーを排除しないように、チャンスを工夫してほしい。
・今回のガイドラインを踏まえて、考慮しておくことが2つある。1つは、セルサイドはレポートを同時に、平等に発行すべきであるといっても、アナリストレポートはその証券会社が顧客と認める機関投資家にしか届かない。顧客でない機関投資家に、アナリストレポートはデリバリーされない。まして、個人投資家がレポートにアクセスすることは一層難しい。どこまでが平等で同時なのか。広義にみるとなかなか悩ましい。
・もう1つは、今回の案は協会員向けであるから、例えば、日本証券業協会の協会員ではない筆者(独立リサーチハウス)は、このルールを守らなくてよいのか。そんなことはない。ルールの普遍性と妥当性を踏まえて、守るべきである。
・わが社(日本ベル投資研究所)では、インサイダー情報は取得しないし、万が一取得した場合、レポートは発行しない。プレビュー取材は、そもそもやってこなかった。情報提供はレポートの発行を機に同時に行っており、個別の投資家にフロントランニングを行うことは、会社として禁止しており行っていない。
・問題は、今期の決算予想情報について、実績の四半期を議論するということは暗黙に、会社公表の今期予想について議論することになりかねない。この時どうするか。大事なことは、今期の決算予想数字ではなく、実績のファクトが持つ定性的な意味についてよく議論することであろう。
・アナリストは常に中長期にフォーカスしていく。これは本質である。一方で、足元を正しく把握せずして、将来が分かるのか、という問いも的を射ている。しかし、アナリストは、四半期や今期業績に関する数字の当てっこゲームをやっているわけでない。短期業績予想の取材やデリバリーの禁止というルールにとらわれて、本来あるべきアナリストの役割を低下させることのないように活動したいと思う。