マイナス金利下の投資マネジメント
・日経平均株価は昨年6月の20868円をピークに、この2月には14952円まで下げた。-28.3%の下げであった。この間のNYダウはピークとボトムで-14.5%であったから、日本の下げの方がきつい。ドル円レートは125.86円から110.99円へ円高にふれたので、ドルベースでみた日経平均の下げは-18.8%となり、売りの主体は外国人投資家であった。
・世界的な景気減速が懸念される中で、中国経済の変調、原油価格の下落が大きく作用した。日本にとっては、黒田日銀総裁の量的質的緩和が円安に働き、消費者物価2%を目標に、脱デフレを目指すという金融政策が進行中であった。しかし、ここにきての円高傾向や大幅な原油安は、国内物価を押し下げるとともに、企業業績にもネガティブに働く。日銀は、新たな政策手段として1月末にマイナス金利を導入した。画期的な手法ではあるが、まだ消化不良であり、マーケットではその功罪が論議を呼んでいる。
・マイナス金利付の量的質的金融緩和政策がスタートした。黒田総裁は目標達成に向けて、さらに手を打つことは厭わないと公言している。かつてない政策がとられるということは、従来の政策では効き目がないくらいグローバルな金融経済の実態が厳しい局面、新しい局面に入っているということを意味する。世界のどこかで箍が外れると、リーマンショックのようなことが起きかねない。それを避けるべく、グローバルな協調を保ちつつ、一定のバランスの中でソフトランディングを図り、次なる回復を目指そうとしている。
・それにしても、マイナス金利が一時的で、すぐに解消されることにはならない可能性が高い。マイナス金利では、お金を預けるよりも借りて使った方がよい。では、借りて何に使うのか。そこでどのような効果やリターンを生むのか。長期的にマイナス金利が続く経済にあって、本当にお金を借りてよいのか。先行きが不透明であると感じている人は多い。
・日銀としては、何としてもデフレ再燃を阻止したい。金融政策だけでは限界があるとしても、打てる手はしっかり打って対応する覚悟で実行している。政府の成長戦略の遂行が本筋であるが、これは時間がかかり、効果もすぐに顕在化するとは限らない。行政当局は一生懸命やっているというが、マーケットからみると思い切って実行しているようにはみえない。このギャップが広がると、アベノミクスへの失望に繋がるので、それは避けてほしい。
・中国経済の変調は構造的である。投資主導の経済から、消費主導の経済へ移行していく。かつてのような設備投資の増大、資源の大量消費とはいかない。人件費は上がっており、労働人口は高齢化に向かっているので、世界の工場となって輸出を拡大するわけにもいかない。輸出の勢いが落ちてくると、貿易黒字が減少してこよう。人民元もドルに対して、元安という方向にある。消費の質は上がるとしても、人民元の海外投資も増えよう。過剰設備や不効率の解消に向け、中国国内企業の淘汰や再編が加速しよう。しかし、政治の力で中国経済はまだコントロールされうるので、中国発の世界経済ショックという展開にはならないとみるが、懸念は大きい。
・欧州の一部の国に続き日本もマイナス金利、新興国はクレジットリスクを抱えるという中で、米国はマイペースの利上げが続けられるのか。すでに、それはかなり難しいという見方が有力になっている。利上げがあるとしても、その動きは一段と緩やかになり、利上げの回数も減るという見方だ。米国の利上げ、ドル高がドルベースの借金返済を一段と苦しくする可能性がある。米国の実態経済もこのまま順調というわけにはいかない。シェールガス開発は止まっており、製造業の勢いも鈍化している。
・日本の3次元緩和(量的、質的、マイナス金利)は次にどう動くのか。5月下旬の伊勢志摩サミット、7月の参院選挙(場合によっては衆参ダブル)に向けて、4月、7月にもう1弾の手を打つ必要が出てこよう。当然、1)成長戦略をさらに練って打ち出す、2)財政の出動を促す、3)金融の3次元緩和をさらに進める、ということがありえる。これで景気が目に見えてよくなればよいが、そうとも言えない。何とか現状をキープするという水準にとどまろう。来年4月の消費増税の実施も、本当にやるのかが改めて問われよう。目先のバランス確保が長期の食い潰しになる、という悪しきパターンが進むかもしれない。
・家計の消費、企業の設備投資、投資家の金融投資はいずれも先行きの期待に依存する。賃金、企業業績、株価水準など、実績のデータがよい方向に向かえば、人々は自信を持つ。加えて、先行きへの期待が実現に向かう兆候(シンプトン)が出てくれば、さらに安心感が広がってくる。しかし、期待だけが先行して行き過ぎれば、それはバブルになりかねず、何らかの弾みで一気にしぼんでしまう。インフレ期待(消費物価2%)はまだ実現していない。よって、人々は様子を見ている。
・マイナス金利は、実質金利が下がるという点で、実効性がある。住宅ローン金利は下がってきた。ローンの借り換えは起きている。まだ新規の住宅をどんどん買うというほどではない。借りた金は返す必要があるので、将来の所得に自信のもてる人しか動けないからである。
・一方で、銀行の業績は、マイナス金利の影響で下がってくる。今までのように金利で稼げない分は、別に貸し出しを増やすか、投資をする必要がある。今までよりもリスクをとって稼ぐ必要がある。そうでなければ、稼げない分はコストを下げる必要があり、これまでよりも貸し倒れリスクを下げて、リスクをとらなくなるかもしれない。信用リスクの低減に入ると銀行の再編を促し、中小企業のファイナンスにブレーキがかかるかもしれない。
・企業はお金を借り易くなる。もし規律が緩めば、リスクを気にせず儲からない投資に資金を投入してしまう。ベンチャー投資やプライベートエクイティ投資で、リターンを上げようとして、実損や減損が拡大するかもしれない。よって、事業ポートフォリオの厳格なマネジメントが求められる。M&Aの活発化と共に、事業のイグジット(出口)戦略が注目され、コーポレートガバナンスの実効性も問われよう。
・金融投資は利回り指向を一段と強めよう。リート投資、不動産投資、インフラファンド投資などが、すでに注目されている。配当利回りに期待して、増配や自社株買いがますますと活発化しよう。一方で、リターンの見直しも必要である。一般的に、リターンはリスクフリーレート+リスクプレミアムで決まる。リスクフリーレートを10年ものの国債として、それが妥当なのかが問われる。どんな金融商品にもリスクはあるということを再認識して、改めてポートフォリオを組む必要がある。
・企業価値は、財務的に将来キャッシュフローの現在価値と定義されるが、ディスカントレート(割引率)をどのように定めるのか。このディスカウントレートを再検討することが求められる。企業の年金債務はどうなるのか。確定給付型年金の利回りはどのように設定するのか。2.5%の利回りは本当に達成できるのか。今後企業の負担が増えてくる可能性がある。企業経営におけるリスクについて、全面的に見直す必要があろう。投資家としても、マイナス金利下の資産運用について再検討が必要であり、守りはもちろんだが、新しい攻めの投資戦略を考えていく局面を迎えている。