統合報告の実践と活用に向けて~アサヒ、伊藤忠、オムロン、MS&AD

2016/01/05 <>

・12月にWICI(World Intellectual Capital/Assets Initiative:世界知的資本・知的資産推進構想)のシンポジウムが催された。その中で「WICIジャパン統合報告表彰」が行われ、審査委員長を務めた。

・WICIジャパンの統合報告表彰は3回目であった。今回は4社が優秀企業賞に選定された。伊藤忠商事とオムロンは3回連続で、アサヒグループホールディングスとMS&ADインシュアランスグループホールディングスは初受賞であった。

・審査のポイントは、①価値創造のストーリー、②将来の事業展開とリスク、③価値創造のドライバーとKPI、④コーポレートガバナンス、⑤資本コストと株主還元、⑥報告と開示、にあった。

・東証1部の時価総額上位200社に、統合報告(Integrated Reporting)に相当する年次報告書を作成している会社を加えて、審査対象とした。その上で、WICIの「審査シート」をベースに選定を進めた。本審査に21社が選ばれ、最終審査では6社の中から上記の4社が表彰企業に決定した。

・統合報告作成への挑戦はまだ始まったばかりである。報告書を読んでみると、それぞれに個性があり、工夫もみられる。しかし、統合報告に求められる内容と、投資家としての使い勝手という視点で評価すると、その水準はまだまだで格差も大きい。今回表彰された企業の年次報告書はよくできているが、ベスト(最上位)というわけではない。まだ、改善すべき点を残している。

・その点も踏まえて、今回のシンポジウムで注目すべき論点をいくつか取り上げてみたい。1つ目は、わが社の企業価値創造に関する実力を、企業自身が分かっているのか。2つ目は、その実力をどのように表現してステークホールダーに理解してもらうのか。

・3つ目は、投資家は表現された内容で、本当にその会社の実力を知ることができるのか。4つ目は、一連の活動で企業の価値創造に対する実力は高まるのか。そして5つ目は、投資家は企業の真の実力を知り、そこに投資することでパフォーマンスは上がるのか。以上が問題意識である。

・IIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)から、統合報告に関するフレームワークは出されているので、それを参考に統合報告を作ればよいはずであるが、実はこれが容易でない。

・過去の財務情報ははっきりしているが、企業の価値創造の源は非財務資産にあり、その無形資産を仕組みとして‘見える化’する必要がある。そうしないと、投資家は理解できない。

・そのためには、価値創造のプロセスを分かり易く示す必要がある。価値創造のプロセスこそがビジネスモデルであり、投資家は企業とビジネスモデルを共有したいと考える。ここが十分理解でき、信頼がおけるならば、中長期的な投資対象として納得できる。

・価値創造のプロセスがサステナブル(持続的)であるには、ビジネスモデルが社会環境の変化に対して、進化適応していく必要がある。1) 次の新しいビジネスモデルははっきりしているか、2)将来のビジョンとその実現に向けた戦略は実効性を持っているか。ここを投資家は知りたい。最も望ましい姿は、現在のビジネスモデルの中に、次のビジネスモデルへ進化する仕組みが内包されていることである。それを志向する会社もある

・企業価値は、経済的価値と社会的価値の双方で評価される。企業価値とは必ずしも認識できない社会的価値もあるので、企業の自助努力で達成可能なものが、1つの領域であろう。投資家は、企業価値を将来キャッシュフローの現在価値で捉えようとするが、それだけでは必ずしも十分でない。もっと幅広く捉えて、KPI(重要経営指標)を設定する必要がある。

・企業はIIRCのいう6つの資本(知的資本、製造資本、社会関係資本、自然資本、財務資本)を活用して、ビジネスモデルを構築し価値創造を行っている。それを自社の個性と強みを活かしながら、統合報告として表現していくのだが、実際に読んでみるとかなりの格差を感じる。投資家である読み手の好みもあるので、一概に善し悪しは判断できないが、レベルの違いは出ているようである。

・それは何に起因するのか。3つの要因が考えられよう。1つは、企業における価値創造のプロセスが弱いケースである。ビジネスモデルが常に盤石であるとは限らない。むしろ何らかの弱点を抱えながら走っているというのが普通であろう。それをどう強化していくのか。この深掘りが表現されていないと、投資家には価値創造の良さが伝わらない。

・2つ目は、価値増造のプロセスが十分表現されていないケースである。ここにも二面性がある。1つは、価値創造の実態を詳らかにすることを嫌う社内カルチャーにある。真の強さの源泉は秘密にしておきたいという気持ちがあるのだろう。しかし、適切に開示するならば、競争上不利になるというよりは、むしろ評価が高まるというケースの方が多いように思える。

・もう1つは、実態以上によく見せようと、デコレーションしてしまう場合である。これは、一見きれいにみえても、企業の個性が伝わってこないので、美辞麗句として透けてしまうことが多い。わが社固有の言葉がない表現は、得てしてこうしたケースに陥りやすい。言葉で逃げているので、注意を要する。

・3つ目は、改善の努力を継続することである。統合報告は1回で終わりでない。継続性が問われるが、学びが活かされていないケースも目立つ。統合報告は、まずは作ってみるに限る。しかし、とりあえず作るといっても、既存の材料の寄せ集めでは全く不十分である。

・1回目であっても、価値創造のストーリーを書き下ろしてほしい。わが社の実力を突き詰めて、できるだけ実態を表現してみる。そうすると、実力が十分でないところがはっきりしてくる。そこに手を打ちながら、強みを表現すればよい。

・外部のコンサルやIR会社に丸投げするのはよくない。全社活動としてIR統括部署がリードして仕上げていく。その上で、ステークホールダーから指摘された点を取捨選択しながら、次回に活かしていく。

・その時、単にレポート作りに活かすのではなく、業務改革に取り組んで、経営そのものを変革していくことである。ここに本質がある。企業価値創造のプロセスに、統合報告のフィードバックが活かされれば最高である。

・このPDCAが回り始めると、統合報告におけるマテリアリティ(重要性)やコネクテビティ(連結性)が組織能力として定着し、実態が伴ってくれば表現がしやすくなる。読み手の投資家も実感できるようになり、価値創造のプロセスをますます共有できるようになろう。

・統合報告をテコに、企業の価値向上を一段と図り、持続的成長に向けて稼ぐ力を高めてほしい。まずは全上場企業の統合報告作りに期待したい。

株式会社日本ベル投資研究所
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