日銀の金融政策第3弾はあるか

2015/09/25 <>

・8月末にアナリスト協会で、日銀の関根敏隆調査統計局長の話を聴いた。彼は28年間の日銀勤務の中で調査統計局は5回目、累計16年間はここで働いている。直近2年は黒田総裁のスタッフとして、内外を総裁と一緒に飛び回っていた。外部からは分かりにくい政策決定プロセスに関わる経済の見方について、率直に語ってくれた。その中で、筆者にとって興味深かった点をいくつか取り上げてみたい。

・1つ目は、世界経済の減速、とりわけ中国の行方である。世界経済の先行きについて、IMFはここ2年ほど見通しを見直すたびに下方修正を余儀なくされている。とりわけ新興国がさえない。資源新興国でドル債務が膨らんでいることは懸念されるが、マレーシアやインドネシアは凌げるとみている。注目の中国について、関根局長は「急性疾患」ではないという。株式市場が急落しているが、これが中国経済の実態を全て反映しているとはいえない。金融機関の倒産が出ているような状況ではないので、過度な心配はいらないという。一方で、中国の「慢性疾患」に関しては懸念している。不動産を始め資産価格のバブルが逆回転するとバランスシート調整に入ってしまい、これは長引くことになるので、実績データをよくみていく必要があると指摘する。

・2つ目は、日本経済の消費の行方である。この点では実質GDP(国内総生産)と共に、実質GNI(国民総所得)を重視する。これには海外で稼いだ所得も入っている。輸出入価格の変化によって生じる実質的な所得の増加分が交易利得として加わる。これが伸びているので、日本の儲けは増えているという認識をもっている。

・つまり、外需が今ひとつでも内需を支えるお金は溜まっているとみている。所得が増えつつあるので、消費にお金を使ってほしいが、まだそこまでは至っていない。企業の利潤率は上がっているので、設備投資は徐々に高まっている。雇用者報酬も増えているので使ってほしいが、実績では消費性向が下がっている。しかし、これは一時的でこれから伸びてくるとみている。かつて議論された「ダム論」(ダムにお金は溜まっている)が、現状にもあてはまるのではないかと判断している。

・3つ目は、物価を2%にもっていけるかという点で、3つのエビデンス(証拠)があると強調する。つまり単なる願望ではなく、そうなる蓋然性がでている。第1は、東大のデータや一橋のデータ(POSデータ)をみると、物価は着実に上がってきている。第2は、CPI(消費物価)を構成する500品目の価格をみると、価格変動が0%で物価が動かないという山(中央値)が次第に下がっており、一方で価格が上がる品目が増えている。この0%の山が日本の特徴であり、米国では物価2%が山(中央値)となっているが、日本もそちらの方に動く可能性がある。第3は、期待インフレ率をどうみているかという点で、ハイテク(高度計量分析)でトレンドインフレ率をみると、確かに上がっていると判断できる。全体として生鮮食品、エネルギーを除く物価は+0.9%となっているので、基調はよいとみている。

・4つ目は、企業や家計を含めて日本経済に染み付いてしまったデフレ体質を打ち破る政策に力点をおいている。日銀のとっている非伝統的金融政策というのは、①フォワード・ガイダンス(先行きの方向に関するマーケットとの対話)と②資産購入(量的緩和)にある。これによって長期金利を下げるようとしてきた。米国は既に量的緩和を終えており、いつでも金利を上げられる状態にある。欧州はデフレ均衡に陥りかねないので、さらなる緩和を要する。

・5つ目は、経済の長期停滞をどうみるかである。OECDは日本の規制緩和(雇用や製品などに関する緩和)がさほど進んでいないと指摘する。言われるまでもなく、アベノミクスの第3の矢は何としても実効を上げる必要がある。人的資本に関して、例えば、米国における外国人留学生の構成比率をみると、中国31%、インド12%、韓国8%、日本2%、台湾2%と、日本は低い。日本企業に関するコーポレートガバナンス改革が進み、ROEも上がりつつあるが、そのROE水準も欧米からみればまだ低い。形式を整えるだけではなく、コーポレートガバナンスに魂を入れるのはこれからである。

・6つ目は、アベノミクスの3本の矢のうち、第1の金融の矢について、黒田総裁は何としても実現させる覚悟である。つまり、経済の基調がこのまましっかりしているなら、物価2%に向けて今の動きはよいとみている。反面、経済のファンダメンタルズが崩れるような状況に陥ると判断した時には、黒田バズーカ第3弾はいつでもありえる。黒田総裁に裏表や駆け引きはない、と関根局長は強調する。2%は黒田日銀のマンデート(委託された使命)なので、必要なら躊躇なく手を打つと明確に示唆した。

・世界経済がパッとせず減速し、原油価格も低位にある。内需の盛り上がりが続かなければ、第3弾の量的緩和はいつでもありうるという見方に確信がもてた。それにしても潜在成長力を少しでも高める第3の矢(成長戦略)はもっと必要である。ROE12%に向けて、政策の遂行と企業の稼ぐ力の向上に大いに注目したい。

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