東証の施策はなぜ効果を上げているのか

2025/12/02 <>

・資本効率の向上に向けた東証の施策が効果を上げている。2022年4月にスタートした市場区分の再編は、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場に上場する限界企業に火をつけた。市場区分のルールは東証が決める。もっと大胆に、という声もあったが、マイルドな改正を進めた。それでも、東証1部からスタンダードに移った企業は515社に及んだ。

・上場維持基準、新規上場基準からみると、市場再編はこれからも進もう。プライム市場の新規上場基準の時価総額は250億円であるから、これより小さい企業は存在感が相対的に乏しい。プライム上場企業1600社強はいずれ1200社の方向に縮減していく可能性があろう。

・スタンダード市場でも、グロース市場の上場維持基準(10年以上)の時価総額40億円を下回っていると存在感は今1つである。現在の1600社弱が、これも1200社の方に減少していこう。グロース市場は、本来の趣旨からみて、成長をして、次の市場に早く出ていってほしい。元気のよいグロースに限れば、今の600社強が400社にとどまる公算も高い。

・東証は、2023年3月に第2弾の施策を開始した。「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応の要請」である。PBR 1倍割れは会社の責任であると促した。丁寧な表現であるが、株価に経営者は責任を持つべしと明言した。

・ROEを高めよ、とは投資家から20年来言われてきた。グローバル市場で戦う日本を代表する企業にとって、外人投資家に株主になってもらうのは当たり前のことであった。しかし、多くの日本企業には十分馴染んでいなかった。ROE 8%はピンとこなくても、PBR 0.8倍はすぐわかる。しかも、分子が株価であるから、株価を上げなくては1倍以上にならない。

・当時、プライム市場の5割がPBR 1倍割れ、スタンダード市場の3分の2が1倍割れであった。では、どうすべきなのか。PBR=ROE×PERであるから、普通は、1)まずROEを上げて、2)次にPERを上げれば、3)PBRは1を超えてくる、と考えた。これを投資家に訴えていけば何とかなると考えがちである。

・しかし、これがうまくいかない。なぜか。ROEが6%、PERが12倍であったとすると、PBRは0.72である。これに対してROEを10%に上げると、PERが8倍に下がり、PBRが0.8倍と、ほとんど改善しないことがよく起こる。

・ROE向上のカギは、売上高利益率であるから、コスト削減で目先の利益率を上げるだけだと、短期は改善したが、中期の成長性がみえてこない。よって、PERが下がってしまう。

・PBR=ROE×PERは1つの関係式であって、因果関係はもっと複雑である。ROEとPERとPBRは、互いに独立に、その中身を検討した方がよい。PERは事業の成長性を反映するので、既存事業の効率化だけでなく、もっとイノベーション(仕組み改革)がほしい。ここに期待が高まり、将来の利益、成長がみえてくれば、PERは切り上がってくる。

・もっと重要な点がPBRにある。PBRが1.0を切っているということは、今持っているバランスシート(B/S)の株式時価が純資産(簿価)を下回っていることになる。企業価値を棄損しているので、これでは経営者失格である。

・しかも、今のB/Sに載っているのは、財務的な資産であって、非財務資産(知的資産、人的資産、組織資産)は十分反映されていない。設備資産は金額的に大きくても、実際には新たな価値はもう生み出せないのかもしれない。

・そこで、PBR=ROE×PERに訴えるのであれば、まずB/Sの非財務資本に投資せよ、となる。人的資本、知財、新組織の入手(M&A)、事業の入れ替えなどに3年かけて投資してほしい。さらに、この投資を可視化してほしい。そうでないと、外部の投資家には見えにくいし、十分評価できない。

・余剰資産を活かして、投資を活発化する。投資をすると、次はその投資のリターンに関心が高まる。将来のリターンが有望であれば、PERに反映されてこよう。これが現実のリターンとなってくれば、ROICが上がり、ひいてはROEも上がってくる。

・つまり、まずはPBRを0.6倍から1.2倍に上げる非財務資産への投資をせよ。当初はROEが6%でもPERが20倍に上がってくる。その次のステージとして、ROEが12%、PER15倍でPBRが1.8倍に高まってくるという流れを作ってほしい。

・東証は第3の施策として、「フォローアップ」を開始した、「資本コストと株価を意識した経営」の実践について、その開示を企業に求めた。次に開示の中身も投資家等のフィードバックから推察している。

・企業の対応を3つに識別している。①企業群1:自律的に取り組みを進める企業、②企業群2:今後の改善が期待される企業、③企業群3:開示に至ってない企業である。この開示状況をオープンにして、上場企業の経営革新を叱咤激励している。

・企業サイドはどうか。1)前向きにどんどんやろうという企業、2)できるところからやっており、次第に難しいところにも踏み込んでいく企業、3)できるところはやるが、肝心なところには手を付けない企業、4)やるべしといわれても、十分な力がないので、何とか逃げ回ってうまく取り繕いたい企業、5)打つ手がないので、諦観している企業、などに分けられよう。

・東証は、投資家目線とのギャップについて、事例集を開示している。1)レベル1:そもそも取り組みが不十分な企業、2)レベル2:取り組んでいるが、目線がずれている企業、3)一定の評価はできるが、もっとやるべきことがある企業、という3つのステージに分けて、コメントしている。これは興味深い。

・レベル1では、表面的で並べるだけの開示に留まっている。レベル2では、要因分析の突っ込みが不十分で目標設定もずれている。キャピタルアロケーションが十分検討されていない。レベル3では不採算事業の検討が行われていない。役員報酬が中長期の企業価値と連動していない。投資家との対話をどう活かしているか伝わっていない。

・東証は対話の促進を支援するとともに、①親子上場、②MBOなどの非公開化、③市場区分見直しにおける、経過措置通用企業のフォローにも力を入れている。M&Aはますます活発化しよう。アクティビストに狙われる企業も続々出てこよう。MBOで上場をやめる企業もさらに増加しよう。東証から他市場に移って、何とか上場を確保しようという企業も出てこよう。

・この間、不正を行う企業や投資家も出てこよう。くれぐれも企業価値向上に、正々堂々と命がけで取り組んでほしい。そこで、ターンアウンドしてくる企業に大いに投資したい。

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