アナリストの業績予想
・企業の株価は何で決まるのか。相場であるから、買いたい投資家と売りたい投資家の取引価格で決まる。何で売りたいのか、何で買いたいのか。価格は需給で決まる。買いたい人が多ければ、売りたい人と均衡するまで上がり、下がる時もその逆がおきる。
・株価はあらゆる情報を織り込むが、とりわけ、その会社の業績を反映する。業績については、企業を経営している会社側が一番知っているはずである。いかに収益を上げるか。1年間、3年間、5年間の計画を立てて会社経営に臨んでいる。
・では計画通りにいくかというと、そうはいかない。経営環境は刻一刻と変化するので、それに対して打つ手も変わってくる。業績は日々変化している。それでも、四半期毎の開示で、会社の状況は知ることができる。それでも、先行きは常に不透明かもしれない。
・「業績予想の実証分析~企業行動とアナリストを中心に」(奈良沙織・野間幹晴著)という学術書が2024年3月に出版された。アナリスト経験が豊富な奈良氏(明大教授)と企業会計を専門とする野間教授(一橋大学)の共著である。学術的な実証分析として素晴らしい。その骨子を参考としながら、投資家として、業績予想をどのように活用するかを考えてみたい。
・日本では、東証の要請で、上場企業は今期の業績を会社予想という形で公表する。ほとんどの会社が公表するので、投資家としては目先の会社の方向性を知るには参考になる。
・会社予想はどのような意味を持つのか。経営者としては業績に責任があるので、確実に達成したいと考えよう。そうすると、慎重な予想を立てる傾向がある。かといって、最悪な状況を想定して悪い数字を出すわけにもいかない。上にも下にも慎重な予想となろう。
・経済環境が大きく変動しない状況にあれば、自社の売上やコストは計画しやすい。競合企業の動きもあるが、業績計画を達成する確度は上がってこよう。ところが所与とした条件に狂いが出ると業績は大きく変動する。上に出る場合はまだしも、下に落ち込む場合は厳しいものとなろう。
・アナリストは会社を分析して、業績予想を立て、株価を分析してその会社の目標株価を予想する。それを投資家(主に機関投資家)に情報提供して、その情報の対価を証券会社はビジネスとする。これが情報を売る立場なので、セルサイドアナリストという。
・運用会社にもアナリストがいる。ファンドマネージャーと一緒になって、企業を分析し、ポートフォリオの構築に貢献する。セルサイドの情報を利用して、情報を買う立場なので、バイサイドアナリストという。バイサイドは自分でも業績予想を行うが、それは自らの運用会社の中だけで利用するので外部には出てこない。
・セルサイドの業績は、多くの運用会社に提供される。それぞれの予想は独自に分析したものなので、同じ会社に対する業績予想が、会社の計画に対して、バラついてくる。この予想がその会社の株価形成に意味を持ってくる。
・奈良教授と野間教授の著書のエッセンスをみると、次の3つの点が興味深い。第1は、会社予想とアナリスト予想が効率的に反応して、株価形成に役立っている。ディスクローズのよい会社は期初予想が保守的でも、期中に小幅ながら修正を加えてくる。
・これに対して、その会社をカバーしているアナリストは、会社情報の修正に反応して、自らの予想も変更してくる。単に追随するだけでなく、そこに独自性を出そうとするので、アナリストの予想にバラツキが出てくる。そのバラツキが意味を持つので、アナリストのカバレッジが多い企業ほど、企業の価値関連(株価パフォーマンスなどへの影響)が高いという。
・第2は、企業がカバーするアナリストの数によって、業績予想の意味付けが変わってくる。カバレッジの多い会社はアナリストの業績予想が株価パフォーマンスに影響を与えるが、アナリストのカバレッジが少なく、あるいは、カバレッジがそもそもないと、会社側の業績予想だけが頼りとなってくる。
・会社が発信する情報としての意義は大きいが、企業の成熟度が低い会社だと、予想が楽観的になりやすく、業績予想の精度が低いものとなる。カバレッジの多い企業は会社の経営者もアナリストの予想をみており、その期待に応えようとする傾向がある。一方で、そうでない会社は業績の変動が大きくなり、価値関連性も低下する。
・第3は、何らかの理由で、会社予想を非開示にすると、そういう会社の利益成長率は低く、損失計上の可能性は高い。アナリストカバレッジも減ってしまい、ネガティブな影響が大きい。
・この他にも、統合報告レポートが発行され、社外取締役が多いほどディスクロージャーはよいとみられるが、それが会社サイドの業績予想の改善には必ずしも結び付いていない。
・のれんの償却などは、業績に大きく影響するが、会社の業績予想には織り込まれないことが多いので、のれんに関する会社業績の精度は限定的である。また、無形資産の多い企業はアナリストのカバレッジが多くても、大企業ほど予想の精度が落ちるという。
・小企業は、アナリストカバレッジが少ないか、そもそもアナリストがついていないので、経営者予想が価値関連性を高めてくる。つまり、経営者予想だけが頼りとなる。また、アナリストがついていたとしても、業績修正のテンポが遅いと、アナリスト予想は価値に反映されにくい。
・アナリストカバレッジについて、日本の上場企業では4割にとどまり、米国のNYSEの8割、NASDAQの6割、欧州の5割に比べて低い。3社(3人)以上のセルサイドアナリストがついている企業となると、全体の2割にとどまる。アナリストの業績予想が3つあれば、正反合で比較に意味がでてくる。
・奈良教授と野間教授は、経営者予想の重要性とアナリスト予想の意味付けから3つの提言を行っている。第1は投資家が業績予想を行いやすくなるような有意義なディスクロージャーに力を入れよという。つまり、アナリスト予想の精度向上に資するIRの実践である。IR部門は、株価形成の資本コストを下げる役割を担っていると強調する。
・第2は、アナリストの拡充である。セルサイドのアナリストの育成は金融機関にとってR&D投資であり、人材の育成が望まれる。アクティブ運用では、リターンの源泉となるわけで、重要な位置づけであり、アナリストは金融インフラの一部である。
・第3は、当局は開示の制度について、その意義とともに成果を検討して、より役立つ制度作りにさらに力を入れていく必要があるという。
・この3つの提言はまさにそのとおりで、本著書の学術的意義は極めて大きい。長年アナリスト活動をしてきたが、アナリストの役割がフェアな企業価値創造に役立つならば、その陣容を拡大することは大いに望まれよう。その方策はあるので、金融界、産業界あげて取り組んでいただきたい。
・投資家としては、2つの視点を重視したい。1つは、多数アナリストがカバーしている企業の方がフェアバリューの可能性が高いということなので、将来についても安心して投資できるし、一定のリターンが追求できよう。
・もう1つは、アナリストのカバーが十分でない企業は、その価値がフェアに評価されていない可能性が高い。リスクは高まるが、リターンのチャンスも高いといえよう。経営者の経営力について投資家説明会などで確認しながら投資妙味を追求したい。
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