働き方改革による価値向上
・今、会社で働いている人は、仕事が楽しいだろうか。仕事に対する思いは、人それぞれであろうが、企業価値向上には社員の貢献が最も大事である。
・日本CHRO協会の中井戸理事長(元住商副社長、元SCSK社長)の講演録を改めて読んでみた。SCSKの社長に就任した後、覚悟をもって、働き方改革に取り組んだ。ITソリューションの会社は2010年ごろ厳しい働き方を強いられていた。
・トップダウン型の施策は効果が限定的なので、社員の心に訴ええる発想と行動を取り入れた。1)残業削減、2)健康推進、3)女性活用、4)定年制改革、5)リモートワーク制度の導入などであった。
・報告のための資料作りを徹底的に削減して、クリエイティブは仕事に使えるようにした。顧客と社員の家族に社長からの手紙を届けて、健康的な働き方への理解と協力を得るようにした。この手紙作戦はユニークであった。
・日本の伝統的生産性向上とは、時間当たりの生産額を上げて、その効果を価格に反映させ、競争力を高めることにあった。コスト低減を単価の引き下げに活かす、というやり方であった。
・中井戸氏は、そうではない方策を進めた。労働時間を短縮しつつ製品やサービスの付加価値を高め、それを働き手に還元しながら企業価値の向上にむすびつけていく。まさに、今に通じるやり方である。
・SCSKでは、残業が減ってきた。当時、浮いた残業代(10億円規模)は全額社員へ還元した。インセンティブとして賞与に活用した。これによって、残業代は重要な生活費、という本音を、社員の立場に立って変えていった。
・働き方を変えて、業績は下がるどころか、一段と向上していった。素晴らしい経営の実践であった。
・2020年代に入って、新たな働き方改革が求められている。サステナビリティを支えるESGにおいて、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)が大きなテーマとなっている。企業の価値創造に当たって、多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包括性(Inclusion)が的確に認識され、広く実践されることが望ましい。
・コーポレートガバナンス改革では、人的資本に関する開示の充実や、取締役会の多様性の推進が求められている。日本では、人手不足、高齢化の進展に直面して、人への投資は企業のサステナビリティの確保にとって最重要課題である。
・人的資本重視の経営は、当たり前のように見えるが、多くの企業はそれが十分できていない。ヒトを活かす経営で、ユニークさを発揮しているか。あるべきビジネスモデル(価値創造の仕組み)に、人材戦略が組み込まれて実践されているか。
・従業員とのエンゲージメントを通して、人材ポートフォリオを定量化し、リスキリングを実行し、知や経験を組織能力として蓄積し、進化させていく仕組みを磨いているか。そこにDE&Iがしっかり組み込まれているか。ここが問われている。
・これらの実行には時間を要する。人的資本投資が成果を上げてくるには、先行期間が必要である。企業によって懐妊期間は異なろうが、3年から5年は要しよう。
・企業のバリューチェーンにおいて、人権尊重は徹底しているか。外からここを見極めるのはなかなか難しい。しかし、グローバルにみて、中堅企業においてもレベルアップが求められている。
・人権侵害は単なるレピュテーションリスクにとどまらず、取引機会を失い、人材流出リスクが高まり、不買抗議運動にさえ発展しかねない。人権尊重のガイドラインの設定やDD(デューデリジェンス)の実施も必要となっている。とりわけ開示と救済については、準備が怠れない。ESGはここまでみていく必要がある。
・その上で、企業にはがっちり稼いでほしい。サステナビリティを織り込んだ企業価値創造経営を、SX(サステナブル トランスフォーメーション)と伊藤レポート3.0では名付けている。
・まずは人的資本コストをみずから具体的に見定めて、それがもたらす企業価値を思い描いてほしい。そのコーザリティ(因果関係)を業務プロセスとし明確化し、人的資本投資を実践してほしい。
・いかに見える化するか。ここはまだトライアルの域にあろうが、ぜひその内容を知りたいし、議論していきたい。働き方改革の実践から、その企業の実力が見えてくるようになろう。実力が高まりそうな企業に選択的に投資したい。