障がい者雇用と企業価値評価
・雇用を増やす会社がいい会社、企業を見る時の重要な視点である。その中で、どんな働き方をしているか。その多様性が企業価値向上に貢献しているか。これらの結びつきをどのように解いていくかが問われている。
・筆者がよく知っている会社では、自治体と組んで障がい者雇用に力を入れてきた。本体の成長とあいまって、グループの社員数も増加している。その中で、障がい者を雇用する会社では、2つの課題があった。1つは、障がい者と仕事の内容との適合、もう1つは当該企業の収益性の確保であった。
・赤字を許容すると、本体からの補助が継続的に増加する。国のルールに従うには、それをコストとして対応するしかないという見方も有力であり、取締役会でもその方向の議論に進みがちである。
・これに対して、経営陣を入れ替えて、障がい者事業の見直しと周辺事業の拡大で黒字化を確保できるようにした。そうすると、その企業に活気がでてきた。本体にとってもグループの一員として、存在感が高まっている。
・NRIでは、自社の特例子会社「NRIみらい」の7年間の経験をベースに、障がい者のあり方を分析した。(NRI「知的資産創造」2022年7月号)
・障がい者雇用促進法では、身体的障がいに加えて、知的障がい、精神障がいも対象とされるようになった。法定雇用率も当初の1.5%が1.6%、1.8%、2.0%、2.2%と徐々に上がり、2021年3月からは2.3%となっていた。これが2026年度には2.7%へ段階的に引き上げられる。
・NRIの分析によれば、1)上場企業において、障がい者雇用の重要性が企業のパーパスをベースにどのように位置づけられているか、2)障がい者が従事する事業は、本体の中心的事業にどのように関わっているのか、3)実際の業務を実施するに当たって、障がい者へ配慮した設計がなされているか、4)現場での人材育成、とりわけ指導員(支援員)の配置と育成、などが大きなテーマとして抽出された。
・D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の中で、経営陣の多様化や社員の多様化は議論が進み、女性のマネジメントへの関りが注目されている。同時に、投資家として、障がい者雇用について、企業の在り様をインタビューしてみると、D&Iに対する姿勢が見えてくるとも感じている。
・法的ルールを守るというだけでなく、1)障がい者を何らかの価値創造プロセスにきちんと位置付けて活用している、2)障がい者の活躍の場が企業の目指す方向と整合的で、個性としてアピールできるのであれば、サステナビリティに関する企業評価は大いに高まってこよう。
・企業の特例子会社という形がよいのか、本体グループの中で一定の役割を担うのがよいのか。障がい者を分けた方が、業務効率が上がるのか、一緒に働く業務プロセスを工夫した方が働く環境がよくなるのか、について再考が求められる。
・障がい者にとって、その仕事はディーセントワーク(Decent Work:働き甲斐のある仕事)なのかもよく分析したい。一般の社員と同じように働き甲斐が感じられれば、それはよい会社であろう。
・障がい者の働き方も多様化しよう。そもそも働き方がジョブ型へ進みつつあり、リモートワーク、ワーケーション、ギグワーク(雇用関係にない単発型ワーク)なども拡がっている。
・精神/発達障がいのある人々は、個別性が高く、職場定着が難しいとみられていたが、それらの人々のポジティブな個性を活かし、ネガティブな面を避けるような業務設計をすることによって、持っている能力をこれまで以上に引き出すことができよう。
・分けて働くこともあり、あるいは、交ざりあって働くことで、互いの違いを理解し、認め合いながら、能力を活かすこともできよう。外国人、高齢者と働くことにも一脈通じるものがあろう。
・新しい働き方を設計し、その運用をマネージしていく職場適応援助者(ジョブコーチ)も重要である。こうした仕事にも注目したい。
・D&Iの基本は、能力に違いはあるとして、従来の一方的価値観で差別化しないことである。人的資本の議論は、人件費は単なる費用ではなく、企業価値を生み出す源泉であるという方向にある。
・人的資本への投資は、将来の価値創りのためであり、その投資コスト(人的資本コスト)は、リターンを生み出すための先行投資である。障がい者の活用も、そのように捉えたい。サステナビリティを支えるESG投資の1つの要素として、障がい者雇用のあり方を企業評価の視点に盛り込みたい。これを先進的に実践する会社に投資したいと思う。