新しいメディアを活用するIRへ
・上場企業の社長は、IRにどのくらいの時間を使っているだろうか。年4回の決算発表とその後の個別面談、年数回のIRイベントとすると、全体の1割程度であろうか。
・投資家に、わが社の情報は十分伝わっているだろうか。たぶん十分でないと、ほとんどのIR関係者は感じていると思う。情報を伝えるメディアについては、新しい戦略が必要になっている。
・会社からの情報発信という点で、その会社に関心のある投資家はまずはホームページを見に行く。開示情報、PR情報などを含めて、ニュースリリースは大いに役立つ。関心がある場合は、ニュースリリースをアクティブに見に行くが、通常はほとんどアクセスされない。それでも、興味がある時に、そこに情報があるというのは重要である。
・しかし、ニュースリリースの意味する内容を的確に理解することはなかなか難しい。勝手に解釈すれば、誤解のもととなる。その点でIR担当者との対話は、会社サイドの意図を知る上で役立つ。筆者は必ず実施している。
・文字情報だけでは十分である。そこに図表、写真、動画を入れて、分かり易くすることも一般的である。但し、パワポのような図表に多くの内容を盛り込んで、見て分かれという表現には、いつも無理を感じる。図表で理解してほしいことを、文章にしておく必要があるが、これが足らない場合も多い。見たら分かるだろうというのは、たぶんほとんど通じない。
・動画の活用も一般的になっている。さまざまな場面で実施されたプレゼンを、動画としてホームページに載せている。決算説明会、中期経営計画説明会、サステナビリティ・ESG説明会、重要な記者会見などである。その場に参加できなかった時でも、後で振り返ることができる。表情、口調、仕草に何らかの感情が表れている。これも重要な情報である。
・60分の動画であれば、5分バージョン、20分バージョン、フルバージョンがほしい。編集に会社の意図は入るが、それは構わない。会社サイドの強調点を速やかに知ることができるので、便利である。常にフルで長ければよいというものではない。
・映像を見るより文字を読む方が早いので、プレゼン内容の全文文字起こしも普通になってきた。さっと目を通すには便利だが、話し言葉は冗長なので、そのまますぎても分かりにくい。映像でも文章でも、投資家サイドの知りたい項目に沿って編集し、まとめてくれるAIがあれば、これは役立ちそうである。
・新聞やテレビのようなマスメディアは、メディアサイドが編集する。そこにはメディア側の判断が入ってくる。それは彼らの自由であるが、何が価値のある情報であるかという点で認識が異なる場合も多い。
・企業サイドが意図したことと別の文脈で、情報が切り取られてしまうこともある。それはそれで構わないという姿勢は常に保ちつつ、そうならない工夫が必要である。
・マスメディアは影響力が大きいので、大いに活用したい。しかし、そこだけに頼るのは危うい。SNSの活用も一般的になっているが、特定のインフルエンサーに依存して、そこに過剰な意図が入り込むと、逆作用や副作用で炎上しかねない。信頼を一気に失ってしまう。
・アンバサダーの活用は一定の有効性を持とう。情報の量、情報の品質、情報の価値に十分注意して、常に真摯な姿勢で対応する必要がある。
・では、証券アナリストとしての新しい活動は、どうあるべきか。第1に、レポートとは別に、その行間を伝える動画を用意したい。
・5分バージョン、15分バージョンであろうか。当然、そのプレゼンが魅力的でなければ、誰も見てくれない。レポートの解説では不十分である。反面、レポートを書かずに、プレゼンだけで済まそうとするのは安易である。やはり、分析のロジックはきちんとまとめておく必要がある。
・第2は、動画をベースとした上で、個別の対話をオンラインで短時間実施したい。質疑はメールでもやりとりできるので、動画発信を補うものとなろう。
・第3は、会社側との対話を、アナリストサイドを主催者として、メディアに載せていく。通常のセミナーで対談するというイメージを、もっと個別で個性的なものにしていく。アナリストが知りたいこと、企業サイドが知ってほしいことを個別につめて、新しい価値に結び付けていく。こうした動画をライブやVODで自由にみられるようにする。
・第4は、こうした活動をプラットフォームとして運営するメディアを新たに作っていく。すでに、新しいIRメディアはいろいろ台頭しているが、成果は十分でない。もっとおもしろくしていく必要があろう。
・未だに個人投資家説明会で、原稿を読んでいる会社がある。間違いないように、公平に客観的にディスクローズしようと心がけて、そうなってしまうのかもしれない。聞き手は思わず目をつぶってしまう。エンターテインメントとエデュケーションの要素が求められよう。
・第5は、メタバースの活用である。SNSの課題は、本人をかくすことで、言動が下品になってしまうことにある。発言や行動が無責任になりやすい。これを表現の自由で許すには一定の限界があろう。
・本人確認を前提に、多面的で自由なやりとりができれば、対話から新しい気付きが生まれ、投資家にとっても、新しい投資アイデアのひらめきがあろう。こうなれば、しめたものである。
・旧来のメディアは相対的に衰退し、新しいメディアが台頭している。Web3をIR活動、アナリスト活動に取り入れるのは、まだ挑戦的かもしれない。しかし、社会の高齢化で保守的になっているだけでは前進はない。若い世代と組んで、新しいIRをぜひ実践してほしい。