『シウマイ物語』にみる地域ブランドの形成
・時々未上場企業のトップの話を聞く。上場企業とは違った経営の味がある。9月に、日本公認会計士協会の研究大会が横浜で催された。崎陽軒の野並会長(73歳)の記念講演に会場で参加した。「シウマイ弁当」がどのように作られたのか。いくつかのエピソードからその特徴を考えてみたい。
・コロナ禍で、崎陽軒の売上高は一時-60%となった。だんだん戻ってコロナ前に今一歩のところまできた。シウマイ弁当は、コロナ前1日2.8万個作っていたが、これが2.1万個までダウンした。徐々に回復して3万個に戻っている。
・崎陽軒は明治41年(1908年)の創業である。いかに銘産品を作るか。小田原のかまぼこ、静岡のワサビ漬けに対して、横浜には中華街があって、焼売が評判であった。しかし、当時の焼売(豚肉)は冷めると美味しくない。
・そこで、冷めてもうまい焼売を作ろうと考えた。いろいろ試行して、ホタテの貝柱に行きついた。これを入れるとマスキング効果で、冷めてもうまいものとなった。
・崎陽軒の軒は、軒先で商売をするという意味である。横浜駅に出ていったが、思ったほど売れない。シウマイ娘で宣伝し、それで人気を集め、ようやく認知度が上がった。
・昭和29年(1954年)に「シウマイ弁当」が発売された。焼売は、かじっても落ちないように小粒にした。ご飯は蒸あげにして、焦げを出さないようにした。木の折に詰めて、お櫃の効果をもつようにした。筍煮を入れて味わいを広げた。
・平成15年(2003年)に横浜工場を建設したが、この工場を観光工場とした。従業員からは反対もあったが、観光ツアーとして、弁当作りのプロセスを見学できるようにした。これが人気となって、社員も張り切って働き、見られて知られることがインセンティブとなった。
・焼売の消費支出を地域別にみると、横浜が全国トップである。餃子への支出よりも多い。横浜市民378万人、177万世帯に対して、年間2440円を支出している。43億円の規模である。今やソウルフードとなっている。
・事業としての教訓として、野並会長は6つあげた。1)商品の違いをはっきり出して差別化する、②地域に根差したローカル色を特性とする、③ニッチに徹する、④ハンディやピンチを好機へのバネにする、⑤TVなどフリーのパブリシティをうまく活用する、⑥明確な事業範囲を定めて、例えばリゾートなどに手を広げなかった、ことである。
・弁当箱へのこだわり、味の地域性への広がり、弁当の多様性の追求(季節、催事)などを続けている。よくみると、東京工場と横浜工場のシウマイ弁当は、中身は同じでもパッケージが異なる。シールでくるんでいるか、紐で結んでいるか、という違いがある。
・一時、マグロが手に入らず、鮭を使ったことがあった。これが人気となったので、マグロに戻した後も、秋の季節弁当には鮭を使うことにした。
・野並会長は、地域ブランドを創る要諦、6か条もあげた。①地域の誉、②地域限定、③地域の文化・風土と一体、④安心・安全が見えて分かる、⑤地域の価値を引き立てる、⑥地域の人たちが日常的に消費する、ことである。
・名物にうまいものなしではなく、観光客だけに依存するのではなく、地元の人々が商品・サービスを日常的に利用してくれることが根本であると強調した。まさに、その通りと実感する。
・31年間社長を勤めた後、今年(令和4年)会長となった。32年前、1年後に社長にすると先代に言われた。専務の頃から心構えはできていた。次の時代に向けて、創業100年に当たって、経営理念を新しくした。その心は、1)優れたローカルブランド、2)名物名所創り、3)心も満たす、にあった。
・実際、ローカルブランドにこだわり、ナショナルブランドは目指さない。例えば、コンビニ弁当はやらない。かつての大分の1村1品運動や、アルゼンチンのタンゴのようなもので、ローカルを追求する中で、インターナショナルになればよいという考えである。
・常に挑戦して、名物名所を作り続ける。シウマイ弁当を守ればよいというだけではない。伝統は、先人が目指したものを自分たちも作り込んでいく。
・食を通じて、心も満たすことを目指す。シウマイを食べると、さまざまな思い出が蘇ってくるという反応も、心に結び付いている。
・では、何をどう追求するのか。変えやすいものから変えてはならない。変えにくいものから変えよ、という。この逆をやると、変えてはならないものを、変えてしまうかもしれないからである。
・弁当の具はどうか。エビフライ、レンコンなど、かつて挑戦して課題を残したこともあった。弁当を食べるターゲットは誰か。量は多いのか足らないのか。季節の弁当の彩はいかがか。材料、エネルギー、物流費などが高騰している。10月から値上げも実施された。これからも工夫は続こう。
・地方創生が注目され、ふるさと振興も大きなテーマである。どの地方にも地元の特産、名産があるし、これから作っていきたい。「シウマイ物語」が創り出してきた経営の6か条、地域ブランド6か条は、胆に銘じたい。このことは、上場会社のサステナビリティをみる時にも大いに参考になろう。