社会的インパクトをいかに測るか
・企業会計は「わが社」の財務内容を測る。わが社の範囲はどこまでなのか。通常、売上は販売する製品やサービスの金額であり、外部に支払う費用は社内で発生するコストとして認識される。バランスシートは金額で計上されるものに限っており、キャッシュフローではお金の実質的な出入りをみている。
・最近では、企業のバランスシートに表れない無形の資産や非財務資本が一段と注目されている。企業価値の創造に当たっては、人的資本、知的資本、組織資本など、金銭で直接勘定できない資本が意味を持っている。
・企業の中長期的な持続性をみるには、それを支えるESGがどれだけしっかりしているか。自然環境は与えられるものではなく、自社で勝手に消費してよいものではない、という考え方が主流となった。
・外部調達する資源やサービスについて、それを供給する会社が国境を超えて人権や公正をないがしろにしているとすれば、そのモノやサービスが安いからといって安易に使うことは許されなくなっている。
・つまり、わが社の企業価値向上にとって、自社内だけではなくSDGsに目を配り、不正な価値破壊を行っていいとこ取りをしていないかに視野を広げ、それを開示してステークホールダーに納得してもらう必要がある。TCFDのスコープ3はその典型である。
・わが社の財務についても、さまざまな見方がある。営業利益は従来のイメージでいえば、会社としての本業の儲けであるが、それだけでは視野が狭い。人件費は外部流出する費用であるが、企業が生み出す付加価値として重要な要素であり、生産性を測る時には含まれる。
・では、製品やサービスを提供した時、その価値は売上金額と同等なのか。販売した時の価格は、売り手と買い手の合意で、マーケットで決まったのであるから、価値を価額に転換したものが売上高であるという見方は当然のように思える。
・しかし、その先がある。提供した製品・サービスが実際に使われて、それがどのような効用を生み出しているのか。それを測ろうという試みが重要性を増している。
・自社の活動が社会的にどのようなインパクトを与えているのか。それを財務的に計測しようという考え方が「インパクト会計」として出てきた。ハーバードビジネススクールのセラフィム教授を中心として提唱されている会計手法、インパクト加重会計(IWA)もその1つである。
・そもそも効用(主観的なよさ)をどのように測るか。個人的効用と社会的(集団的)効用では、その基準が異なってくることも多い。
・標準的ポートフォリオ理論では、パフォーマンスはリターン(平均値)とリスク(分散)で測る。平均値は高く、分散は低い方がよい。この2次元で測る。
・ところが、自分にとってのパフォーマンスだけでなく、それが世の中、社会にとって、どんな効果(インパクト)をもたらしているか。それを第3の軸として評価しようという動きが始まっている。計測できないものは、コントロールできない。①リスク、②リターン、③インパクトをベースに企業を評価する。
・エーザイでは、IWA(インパクト加重会計)の考えに基づき、2022年の統合報告書で、熱帯病の1つであるリンパ系フィラリア症に対する治療薬DEC錠の「製品インパクト」を世界で初めて計測した。
・インパクト加重会計(IWA)では、EBITDA+環境インパクト+製品インパクト+雇用インパクトなどを加算して、インパクト加重利益を算出する。
・DEC錠のインパクトとして、1)2014~2018年に16億錠を提供し、コストは24億円(年5億円)、2)DECのベネフィットを受けた人々は1900万人(5年間)、3)これによって取り戻した総労働時間を金額換算すると年間1600億円であった。これがエーザイにとってのDECのインパクト加重利益である。
・コスト5億円に対して、1600億円の利益貢献があったと算定する。エーザイのEBITDAは2018年1208億円、2019年1636億円、2020年928億円であったから、EBITDAに対するインパクト加重利益の比率は2倍を超えている。このインパクトは大きいと評価されよう。
・DEC錠はアフリカの国々へ無償提供されたので、事業としては寄付に相当し、単独では赤字であった。しかし、1)単なる寄付ではなく長期的投資である、2)エーザイのブランド力の向上に寄与している、3)インド工場の生産効率の向上に寄与している、というのがこれまでの説明であった。
・これに加えて、インパクト会計の定量値がもたらす意味付けは、1)エーザイの社会貢献が人材を引き付け、2)世界市場においてカスタマーを獲得し、3)インパクト投資家の評価を高めることができる。柳氏(前CFO、早大教授)は、このように説明した。
・社会にもたらす効用は、一般的に主観的で多様であるが、これを財務数値に換算するという試みは実に興味深い。比較可能性という点でまだ課題はあろうが、KPIとして可視化した点は素晴らしい。こうした動きがこれから広がってこよう。
・インパクト加重会計は1つの試みであるが、社会的インパクトが企業価値創造のもう1つの視点であり、それを具体的に知りたいというニーズは高まっている。これに対して、先進的企業の挑戦が始まっている。