KAMの活用~監査法人の着眼点を投資に活かす
・監査法人と日本公認会計士協会から、KAM(Key Audit Matters : 監査上の主要な検討事項)について話を聞く機会があった。監査法人は、企業の会計監査において、とりわけどこに着目したのか。KAMでは、これが分かる。それを投資情報として、どのように活用するのか。2021年3月期の実績をみながら、いくつか考えてみたい。
・監査にあたって、特に重要な項目は何であったのかが開示されるようになった。有価証券報告書に記載されているので、ここには必ず目を通す必要がある。
・EY新日本有限責任監査法人によると、例えば、固定資産の減損において、どのような会計上の見積りに基づいたのか、が課題となる。
・コロナ禍にあって、現有の設備は本当に有効なのか。受注が減って、利益が出ないとすれば、減損が必要になるかもしれない。
・経営者はどうみているのか。受注予測に客観性はあるか。限界利益率の評価は妥当か。こうした点を吟味して、減損が必要かどうかを判断する、というような内容が記載される。
・投資家としては、これを踏まえて、必要ならば会社の執行サイドと、事業の将来性について十分議論したい。議論の材料がKAMで提供されるという点が新しい。
・監査法人は年間計画を立てて、担当企業の監査を進めていく。実際の財務データを検証しながら、会計処理の妥当性を判断していく。そのプロセスを踏まえつつ、その企業にとって何が重要な検討事項かをつめていく。監査役などと議論し、経営の執行サイドともその内容を確認していく。
・これまで監査法人の監査は、結果のみが公表されるだけで、そのプロセスにおいて、どのようなことが検討されたかは、外部から分からなかった。これがKAMで分かるようになった。
・公認会計士協会にサーベイをみると、連結財務諸法作成会社2102社にうち、監査報告書におけるKAMの記載個数は、1個が1494社(全体の71%)、2個が524社(同25%)、3個が69社、4個が12社、0個が2社、5個が1社であった。全体の平均は1.3個であった。
・記載内容の対象は、1)固定資産の減損の兆候、判断の妥当性、2)売上の期間帰属や取引内容に関する収益認識の合理性、3)企業としての継続性に関する不確実性の検討、4)コロナ禍での会計上の見積りの妥当性、5)不適切な会計処理があった場合の対応、6)収入に関するIT統制の適切性、などが例としてあげられた。
・記載項目数をみると、固定資産の評価、収益認識、繰延税金資産、のれん、たな卸資産の評価、貸例引当金などが多い順であった。
・投資家やアナリストは、財務諸表が正確に実態を表しているという前提で分析を進めていく。その財務諸法に万が一不正があるならば、監査法人はそれを見抜いてほしい。
・次に会計手続きとしては妥当であっても、そこに見積り、予測、判断が入ってくると、そのデータの根拠や蓋然性が問われる。その適切性や妥当性についても、一定の信頼が得られたものとして扱う。但し、ここには幅がありうる。見積りや判断によって、金額に大きな違いが出てくるとすれば、その根拠は詳しく知っておきたい。
・KAMの項目については、ビジネス上の中身(コンテンツ)やプロセスを定性的に知りたい。どういうビジネスを具体的に展開しているのか。何が課題なのか。マネジメントはどうしたいのか。それは実現できるのか。こうした点について対話を進め、企業の将来性について議論を深めたいと思う。
・経営環境が平時の時は、ビジネスモデルも安定しており、KAMに大きな変動は起きないかもしれない。KAMを1個だけ記載していると、毎年同じ項目になるかもしれない。それが最も重要であり、変わらないからである。
・しかし、投資家としては、時系列的な比較、他社との比較という点で、KAMは2つ以上載せてほしい。2つ以上だと、年によって項目が変わってくる。この時の比較感が重要である。
・一方、経営環境が大きく変化し、ビジネスモデルが刷新される時には、KAMも変化してこよう。とりわけ業績が大きく落ち込んでくる時には、財務上の数値の妥当性に対して、より注意を払う必要がある。監査法人としても、企業と対峙することが起きるかもしれない。
・こうした時こそよく知りたい。変化の局面は、常にチャンスでもある。妙な不正や不適切性がなければ、企業の次の戦略をしっかり評価していけばよい。ここに投資のチャンスが生まれる。
・企業価値評価において、KAMは財務諸表分析の重要な材料である。今後とも大いに活用したいので、KAMの一層の充実に期待したい。