人的資本(ヒューマンキャピタル)の評価はどのように

2021/05/18 <>

・企業における人材の価値はどのように測るのか。社員数、開発・生産・販売部門の人数、人件費や労働生産性(1人当たり付加価値)などは知ることができても、会社全体の人財を把握するのはかなり難しい。外部から投資家として、人的資本をどう評価するのか。筆者のアナリストとしてのやり方をいくつかの側面から取り上げてみたい。

・昨年9月に経産省から「持続的企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」が出された。そこでは、企業価値の創造に向けた人材戦略を議論し、その特徴を「3P・5Fモデル」として提言している。3P(Perspectives)とは、人材戦略を経営として俯瞰する視点で、1)経営戦略との連動、2)人材ギャップの把握、3)人材の行動変容と定着、をあげている。

・目指すべきビジネスモデル(新たな価値創造の仕組み)を作る上で、どのような手を打っていくのか。その時、どのような人材が必要なのか。現在の人材ポートフォリオでは、何が足らないのか。ここを見える化しておく必要がある。その上で人材を採用し育成する中で、行動変容を促し、それを企業文化として定着させていくことが求められる。ここまでやらないと、人材戦略は本当に生きてこない。

・では、人材戦略の共通要素は何か。この報告書では5つのファクター(Common Factor)をあげている。①ダイナミックな人材ポートフォリオ、②知と経験のダイバーシティとインクルージョン、③リスキル化と学び直し、④社員とのエンゲージメント、⑤時間や場所にとらわれないワークライフバランス、である。

・多様な個人の能力を把握し、一人ひとりが活躍できるように、ダイナミックな人材ポートフォリオを構築し、それを活用していく。その時、多様性と包摂性は能力をふまえながら積極的に図っていくことが求められる。

・今いる人材は、どんな人でも将来に向けて新スキルが求められ、学び直していく必要がある。今や生涯学び続けることは当たり前であり、そのために必要な機会を企業においても提供し、人材の活用を図っていくことがサステナビリティに不可欠である。

・社員の意欲を高めて、主体的に行動するようにならないと組織のパワーも出てこない。コロナ禍で経験したように、働く時間、場所の柔軟性も求められる。仕事の内容もジョブ型に再定義していくことが始まっている。

・今回の報告書は、企業のマネジメントやそれをモニタリングする取締役会、そして、機関投資家のエンゲージメントにも役立つような内容としてまとめられている。

・人材は企業経営の根幹であるが、この人材が十分でないこともはっきりしている。企業価値創造と人材戦略はどう結びつくのか。ピンとくるにはどうしたらよいのか。投資家の視点で考えてみよう。

・マネジメントのコアメンバーは、CEO、CSO(戦略)、CFO、CHRO(人材)、CDO(デジタル)など、各々役割がある。CEO、CFOの話はよく聞くにしても、CSO、CHRO、CDOと対話する機会は少ない。なぜか。企業の内部組織に関わることなので、情報が直接外には出てきにくい。

・人材戦略が、経営戦略にうまく結びついて実効性が上がってくれば、その内容についてCEOやCFOが開示することになろう。これが通常のパターンである。でも、それ以前に知りたいことがある。別に企業秘密を知りたいわけではない。CEOではなく、CSOが経営戦略に対して、どのような認識を持っているか。その人物のキャリアやビジョンを通して、これから動いてくるビジネスモデル作りのフレームワークを把握したい。

・CHROには、人材の活用や育成について、若手だけではなく、中堅や次のコア人材を対象にして、その実行戦略を聞きたい。外部人材の登用についても、実績と今後の考え方を知りたい。

・CDOには、DXにどのように取り組むのか。多くの企業では、戦略が十分でなく、人材も不足している。競争力上のネックとなっているにもかかわらず、十分手が打てていない。どうするのか。さらに踏み込んで知りたい。

・まずは、CEO、CSO、CFO、CHRO、CDOの人物を経営者として評価する。これは、投資家やアナリストの基本動作である。難しそうにも思えるが、何度かインタビューしていると、次第に分かってくる。

・どの会社にも独自のカルチャーがあり、人材はその雰囲気を有している。ベンチャー型企業では、まだ個性の寄せ集めで、カルチャーが形成されていない場合も多い。その時は創業者の人望をみると概ね分かってくる。

・一定のカルチャーがある会社では、必要な人材を再生産する仕組みが社内にできているものである。それが、使い倒し型が、這い上がり型か、育成型か、入れ替え型かなど、様々なパターンがある。社内のしかるべき人にインタビューしながら、その周辺に話を聞いていくと、状況がわかってくる。

・グローバル人材やデジタル人材は、社内では中々育ちにくい。外部から経験者を採用してくる時は、いかに社内と融合して、新しい化学反応を起こしているかを聴いていく。企業のM&Aも、人材のM&Aも、その後のPMIが重要である。

・人的資本のカギは、「知の客体化」にある。新しい知を産み出し、それを価値創造に結びつけていく。R&Dにおける知のイノベーター、新規ビジネスにおける知のリーダーシップ、新しい知の組織化など、属人的な知をいかに外部に客体化していくか。これがうまい会社ほど、人的資本(ヒューマンキャピタル)の価値生産に優れている。

・投資家もアナリストも、人の評価を行っている。企業のマネジメントはもちろん、IRなどそれぞれの場面で出会う人々についても、その実績と能力について評価している。もちろんその逆もあり、企業の人々は投資家、アナリストを同じように評価していよう。

・筆者の場合、企業のビジネスモデルの評価と同じように、個々の人材との対話を通しながら、会社全体として、ヒューマンキャピタルが企業価値創造に結び付いているかを見ていく。具体的には、1)人材の経営力、2)人材の革新力、3)人材のリスクマネジメント力、4)人材のESG推進力を知ろうとする。

・その人材は、コアか、イノベーターか、あるいはフォロアーか。人材は多様であってよいので、序列をつけるわけではない。特性をみて、戦略遂行に合致しているかを判断していく。

・コーポレートガバナンスにおいて、マネジメントや社外役員のスキルマトリックスが開示されようとしている。今までよりは、大いに分かりやすくなろう。しかし、それだけでは本当の力量は分からない。

・組織における人的資本のパワーを何とか知りたい。投資家は、財務もさることながら、人を見る目も一段と養う必要がある。企業サイドも、コアメンバーが投資家と幅広くエンゲージメントすることによって、互いに切磋琢磨できよう。これによって、人的資本の価値創造力は高まってくることを期待したい。

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