リスクを乗り越える自信~ソフトバンクの株主総会
・6月に、ソフトバンクグループ(SBG)の株主総会にWebで参加した。2020年3月期の業績は大幅に悪化したので、今後どうなるのかという点で、株主・投資家の関心は高かった。孫社長は、株主総会でいつも新しい発表を行うので、より注目された。
・2020年3月期の業績は売上高6.18兆円(前期比+1.5%)、営業利益-1.36兆円(前期2.07兆円)、純利益-0.96兆円(同1.41兆円)と大幅な赤字に陥った。この変化の大半は、SVF(ソフトバンクビジョンファンド))事業にあり、ファンドの営業利益は前期の1.25兆円から当期は-1.36兆円に大きく悪化した。
・SVFの累計投資成果でみると、プラスサイドが1.4兆円、マイナスサイドが-1.5兆円で、全体としての投資損失は-0.1兆円にとどまっている。上場8社を含む88銘柄に投資しているが、投資先の経営の失敗やコロナショックの影響で大幅な評価減(減損)が発生したことによる。
・プラスサイドを見ると、ソフトバンク(テレコム)は5Gでエリア拡大を目指す。ZホールディングはZOZOを子会社化、LINEとの経営統合を図る。スプリントとT-Mobil(25%所有)の合併がうまくいった。ARMはAI用ICで先行し、AWS(アマゾンのクラウド)がARMのチップの採用を決めた。アリババはEコマースとクラウドで急成長を継続している。
・コロナ対応の財務戦略では、3月に5000億円の自社株買いを発表し、その後、4.5兆円の現金資金化計画を打ち出した。このうち2兆円は自己株式の取得に、2.5兆円を手持ちのキャッシュ及び借入金の返済に充てるとした。
・これからどうなるのか。孫社長は、いつの時代も“危機”が新しい日常を生む、と位置付ける。歴史をみると、疫病の危機で安全な下水道というインフラができ、大恐慌の時にはダムや道路ができ、電力や自動車が発展した。
・今回のコロナショックでは、デジタルシフトが加速する。デジタル化への特化は、SBGの創業来の事業戦略である。ネット通販、オンライン診療、オンライン教育、オンラインワーク、オンラインヘルスケアの領域ではすでに多くの投資をしており、AIの活用をそのベースとしている。
・ウィーワークの失敗、コロナショックによる投資事業の損失を被って、SBGは大丈夫かという懸念に対しては、次のように反論した。
・SBGは戦略的持株会社であり、この会社の業績を1年間の営業利益でみることは適切でない。最も重要なことは、株主価値にあり、これが継続的に拡大していくかどうかをみてほしいと主張した。
・実際、2019年12月末の企業価値は29兆円(負債6兆円、時価評価の株主価値23兆円)であったが、これが3月末で28兆円(負債6.3兆円、株主価値21.7兆円)に減少したが、株主総会前日の6月24日には、30兆円(負債6.8兆円、株主価値23.3兆円)に戻している。
・株主価値は3月末で-1.3兆円となったが、6月24日には+0.3兆円と、コロナショック前を上回っている。これをどうみるか。
・期間の営業利益を積み上げて企業価値を上げていくのが本来の姿のように思えるが、SBGは投資会社である。インターネット、オンライン、デジタル事業に特化した、大型ベンチャー企業に投資している。
・投資した企業の企業価値の増減が、SBGのP/L、B/Sに反映してくる。新型コロナウイルスのパンデミックが、投資先企業の先行きに懸念を広げたのは事実である。一方で、投資先の事業形態は、コロナショックが加速させるデジタル化で先行しそうな企業ばかりである。短期的には打撃があっても、中長期のトレンドに合っている。
・次にベンチャー型ビジネスであるから、その経営がうまくいくこともあれば、失敗することもある。それをポートフォリオでマネージしようとしている。年間に数社つぶれることも想定内である。投資先の持株比率は多くて20~30%レベルであるから、個別の企業の経営にアドバイスすることもあっても、経営の舵取りを決めることはできない。
・もう1つは、投資先の株主価値が23兆円であるのに対して、SBGの時価総額は11兆円であった。つまり、時価より2倍の価値がある。ここをどうみるか。本来持っている価値が、自社の株価に十分反映されていない。いずれ反映されるはずであるから割安であるという見方と、コングロマリットディスカウントになっている理由は別にあり、算出されている23兆円は今の表面的な数値であって、今後も持続するとはいえないという見方である。
・時価は今のマーケットバリューを表すが、本来的な企業価値を反映しているとはいえない。むしろ、株価はさまざまな投資家の思惑を織り込んでいるので、本来的価値の周辺を上へ下へと揺れているともいえる。
・米国のスプリント(通信会社)を2.1兆円で買収した時、無謀なM&Aと評された。自己資本は0.4兆円で、1.7兆円を借入に頼った。借入しなければ、このM&Aは成立しなかった。レバレッジをきかせたともいえる。博打打ちとも言われたが、スプリントは再生し、企業価値は3.6兆円(負債1.7兆円、株主価値1.9兆円)に増大した。0.4兆円が7年で1.9兆円に拡大した。年率25%のリターン(IRR)に相当する。
・コロナショックでSBGは危ういとみられた。当面の対応として、4.5兆円のキャッシュ化を図ると表明した時も、この局面でできるはずがないと思われた。ところが、T-Mobileの売却で2.2兆円、アリババで1.2兆円、ソフトバンクで0.3兆円はすぐに実現した。すでに8割を達成し、残りの目途も立っていると、孫社長は説明した。
・ARMは急成長している。AWSのサーバーにアームのチップが使われることが決まった。デジタルエコノミーはこれからますます発展する。そこに特化して投資をしているのが、SBGであるから心配はいらないと主張した。
・2010年に新30年ビジョンを立てた。10年を経たところでレビューしてみると、その路線を力強くスピードを持って走っていると自己分析した。
・総会では、50分プレゼンした後、50分のQ&Aを行った。すべてWEBなので、質問を書き込んで、その質問に答えるという形であった。20問近くに応じたが、その中では次の3点が興味深かった。
・1つは、リスクについてである。リスクは恐い。借金も恐い。でも、リスクをとらないと伸びない。孫さんとしては、これまでいくつものリスクをとってきたが、それを乗り越える自信は十分持っていると胸を張った。
・2つ目は、投資の成功確率である。SVFでは、88社に投資しているが、そのうち大きく成長する会社として15社はみえている。ベンチャーの谷を越えられない会社も15社ほど出てくると評した。
・その中で、ウィーワークは社内の経営陣がかなり反対する中で、孫社長が押し切った。目先大きな失敗となったが、その責任は自分にあると明言した。自らの役員報酬も大幅にカットした。
・3つ目は、孫さんに対して、SBGの取締役会は本当にガバナンスを効かせられるのか。ファーストリテイリングの柳井社長は社外取締役を辞めた。新しい社外取締役も入ってきたが、本当に機能するのか。常に侃侃諤諤(かんかんがくがく)議論しても、執行サイドがやりたいように進むとすれば、ブレーキは効かない。今後、取締役会が孫さんを止めた案件があれば大いに聞いてみたい。
・孫さんにすれば、先が読めている。一方、投資家からは無謀にみえる。そのギャップがリスクテイクであり、リターンの源泉ともいえる。一方で、これがある限りSBGの時価と投資先を含めた株主価値とのギャップは埋まらないかもしれない。
・このギャップが埋まるということは、孫さんの投資が我々にも納得しやすい常識となってきたことを意味する。その時、超過リターンは望めないかもしれない。そうならないことを期待しながら、次の10年に引き続き注目したい。