エンゲージメントにおける社外取締役の役割

2019/05/20 <>

・4月に日本IR(インベスターズ・リレーションズ)学会が催され、そのシンポジウムに参加した。テーマは、「対話・エンゲージメントにおける社外取締役の役割」であった。

・この5年間、日本のコーポレートガバナンスは強化されてきた。その中で、社外取締役は何をやってきたのか、本当に貢献しているのか。これらの疑問に対して、意見を述べてみたい。

・シンポジウムの後、素朴な質問が私にきた。社外取締役は報酬をもらっている。それは誰が決めるのか。報酬をもらっていれば、会社の意向に強く逆らうことはできない。ということは、所詮形だけで本当に機能するのは無理である、というものであった。さてどう答えるか。

・一般論でいえば、報酬をもらうと、報酬のために仕事をするようになる。さらに、報酬を決める人のために貢献しようとする。そこにバイアスが入ってくる。だからこそ、報酬の決め方が問われているのであり、そこには一線を画する明確な仕組みと気概が必要とされる。

・社外取締役の役割は、経営執行サイドの監督とそこへの助言である。取締役会は最高の意思決定機関であるから、ここでの決め事が正しくなされているか、十分な妥当性を持っているかをチェックし、不十分ならしかるべく検討するように示唆する。

・こう考えると、会社が決めようとしている内容について、十分理解していることが前提となる。そのためには、会社のことをよく知っておく必要がある。特定の議題についても的確に意見がいえるように、内容を把握しておく必要がある。

・そこで事前準備が求められる。しかし、過度な準備で、会社と同じ筋道に乗ってしまっては、会社の判断を追認するだけになってしまう。それでは執行への牽制が働いているとは言えない。

・そこで、自らの経験と論理に基づいて質問を出して、議論を活発にしていくことが求められる。会社サイドは案件を十分練った上で議題として出しているわけだから、普通ならばスラスラ答えられるはずである。

・ここで3つの展開が想定される。1つは、会社の提案に基づく議題が妥当であり、特に問題が無いケースである。この時は、何の異論なくスムーズに取締役会は進んでいく。

・2つ目は、なぜその方向に進むのか、十分納得できないケースである。単に理解が十分でないというだけではなく、リスクが考慮されて手は打たれているのか、リターンは十分見込めるか、やってみなければ分からないといっても、そのための経営資源は十分なのか、意思決定の前に準備すべきことがあるのではないか、という論点を、社外取締役は議論したい。

・通常、執行サイドは案件を実行したくてうずうずしている。ここでも注意が必要である。トップはやりたいと思っているが、現場の長が躊躇している場合がある。逆に、現場は走りたいというが、トップが決めきれないで迷っている場合もありうる。

・こういう場面において、社外取締役は、1)経営者としての決断の経験、2)法務や会計の専門家としての見識、3)さまざまな分野の学者としての透徹した洞察力、4)投資家として資本市場の関わる幅広い知見など、異なった視点から鋭い質問を発し、議論を深める触媒となりうる。

・結果として議案が当初通りの方向で決められるとしても、議論を通して浮かび上がった課題や対応について、共通認識ができる。よって、次のPDCAもスムーズにいくようになろう。

・3つ目は、議案がとりやめになるケースである。もう1度検討し直す、一部修正する、別の案に変更するなど、決議には至らないこともある。M&A、人事、評価、事業再編、新規事業など、さまざまな案件で見直しがありうる。見直しが起こることが当たり前で、一度もないとすれば、そのこと自体が問題かもしれない。

・取締役会の決議は、実質的にどのような方式をとるのか。規定では多数決で決まることになるが、現実的には票決をとって多数決で決めることはほとんどない。6:4で賛成、4:6で否決というような議案は、内部でコトが対立している時にみられる例外であろう。

・通常は、議論を経て全員が概ね賛成というところまで持っていくのが議長の手腕である。ところが多くの場合、議長が執行のトップである社長や会長であるので、執行サイドの取締役は面と向かって反対できない。よって、十分な議論のないまま事が進んでしまいかねない。

・普段、社長と執行サイドの取締役は上司と部下なので、取締役会の時だけ取締役として社長を取り締まれと言われても、そんなことは中々できない。そこで、社外取締役が重要な意味を持つ。独自の意見を表明したり、素朴であっても本質的な質問をしたりして、議案の実態を取締役会として共有できるようにする。

・社外取締役の役割は監督と助言、社外監査役(監査委員)の役割は業務監査と会計監査である。いずれも社外として、内部から独立しているのが前提である。独立社外役員として取締役会を活発な場に盛り立て、経営の守りと攻めをスピード感もって推進することである。

・よって、社外取締役に求められる力量はかなり高いものとなる。そうなると優秀な成り手がいないのではないか、という疑問が出てくる。一方で、社外取締役になりたい人というのは大勢いる。ここがポイントである。

・社外取締役は楽な仕事ではない。どの会社にも、いろんなことが起きる。それを捌いていく力量が求められる。下手をすれば、自らの信用を全て失ってしまう。一方で、取締役会の実効性が上がるような役割を果たせなければ、いてもいなくてもよい社外取締役になってしまう。それでは何の意味もない。

・投資家は、社外取締役が実際の場面でどのように行動しているかを知りたい。議論の中身を具体的に聴きたいわけではない。どういう場面で、是々否々について丁々発止議論をしているのか。それによって中長期の企業価値は上がるのか。社外取締役は本当に貢献しているのか。その一端を、臨場感をもって知りたいと考える。

・今回の日本IR学会は面白かった。電機の元トップアナリストであった山本氏が日立の社外取締役になっており、自動車の元トップアナリストであった松島氏がデンソーの社外監査役になっている。こうした人たちが、いま現場で何を議論しているかについて、話題を提供してくれた。

・取締役会における執行と監督の分譲、意思決定における実質的な議論の盛り上がり、中長期的企業価値向上の推進とその見える化(投資家への可視化)は今後とも課題である。社外取締役の役割はますます重要になろう。

・では、その報酬はどう考えるか。はっきりしていることは、一定の報酬はあって当然だが、その水準は十分検討されるべきである。また、社外は会社から独立する存在なので、目先の報酬に依存することなく、いざとなったらいつでも独自の見解を表明して会社と対峙することも辞さない覚悟が必要である。

・社外取締役は投資家とどのような対話するのか。その方向はかなりはっきりしている。これから社外取締役が投資家の前に出てくることは増えてこよう。そうすると社外取締役の器量も評価の対象となってくる。エンゲージメントを通して相互に切磋琢磨することに期待したい。

株式会社日本ベル投資研究所
日本ベル投資研究所は「リスクマネジメントのできる投資家と企業家の創発」を目指して活動しています。足で稼いだ情報を一工夫して、皆様にお届けします。
本情報は投資家の参考情報の提供を目的として、株式会社日本ベル投資研究所が独自の視点から書いており、投資の推奨、勧誘、助言を与えるものではありません。また、情報の正確性を保証するものでもありません。株式会社日本ベル投資研究所は、利用者が本情報を用いて行う投資判断の一切について責任を負うものではありません。