吉川レポート(2018年8月)通商問題の着地点

吉川レポート(2018年8月)通商問題の着地点

【ポイント1】通商問題の世界経済への影響:自動車が鍵

■トランプ政権は、欧州連合(EU)・北米自由貿易協定(NAFTA)から輸入する鉄鋼・アルミへの高関税の適用(6月1日)、中国からの輸入品500億ドル分への25%関税(340億ドル分を7月6日実施。160億ドル分は8月23日から実施予定)に加え、中国からの輸入品2,000億ドル分に対する10%の追加関税の手続きを7月10日に開始(7月31日に25%への引き上げを示唆)、輸入自動車に対する25%の関税についても、7月19日に公聴会を開催しました。米・中それぞれが500億ドル分の輸入品に対して25%の関税を追加することによる世界の平均関税率の押し上げ効果は、0.14%ポイントと試算されます(下表(1)+(1)‘、以下同様)。さらに、中国からの輸入品2,000億ドル分に米国が25%の追加関税をかけた効果と中国による600億ドル相当の米製品に対する税率最大25%の報復関税を含めると、0.47%ポイントの上昇となります((3))。

■一方、米国が輸入車に25%の関税をかけた場合、EUの報復を含め0.43%ポイントの貿易コスト上昇になります((4)+(5))。自動車のサプライチェーンが長いことを考慮し、自動車部分を2倍にして、米中間の関税引き上げ効果と合わせると、世界の平均関税率は1.3~1.4%ポイント上昇すると試算されます(((4)+(5))×2+(3))。世界の平均関税率が10%ポイント上昇した時の貿易縮小を通じた世界GDPへの影響について、国際通貨基金(IMF)は▲0.2~▲0.8%、経済協力開発機構(OECD)は▲1.4%(3~5年、1年当たり▲0.3~▲0.5%)と推定しています。これらから試算すると、関税率の上昇が1.3~1.4%ポイントなら、成長率への影響は▲0.1~▲0.2%であり、世界経済が耐えられる幅と考えられます。

■但し、自動車関税が引き上げられれば調達先変更などのためのコストが膨らむ懸念があり、企業心理が悪化して設備投資が延期されるリスクがあります。IMFがG20(7月21~22日、財務相・中銀総裁会議)に提出した報告書でも、関税率引き上げの直接的影響だけなら自動車を含めても世界のGDPに対する悪影響は▲0.1%にとどまりますが、「コンフィデンスショック」(設備投資が先進国で▲1%、新興国で▲2%)が起こると、▲0.4~▲0.5%も世界GDPが低下すると試算しています。やはり、自動車課税や企業心理悪化を回避できるかが鍵と言えそうです。

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【ポイント2】対EU、NAFTA、日本は交渉へ

■6月以降、トランプ政権は通商政策で強硬な姿勢を示してきましたが、7月下旬以降、状況は変わり始めたと見られます。米国とEUは7月25日、自動車を除く工業製品の関税撤廃、米国の対EU輸出拡大に関する貿易交渉開始で合意しました。また、米・メキシコ閣僚会談(7月26日)を受けてライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は、8月末までにNAFTA再交渉の基本合意を目指す方針を表明しました。

■11月の中間選挙を視野に、トランプ政権は対中国以外の交渉で、目に見える成果を得るべく交渉を再開し始めた可能性が高いと思われます。交渉難航のリスクは残りますが、今回米・EUが合意した協議の枠組みを見る限り、妥協を探る方向にあると言えます。8月に米商務省がまとめる予定の輸入自動車・同部品に関する調査報告が強硬か柔軟となるかが重要ですが、米国の輸入自動車への関税大幅引き上げのリスクは低下方向にあると見られます。

【今後の展開】米中は中期的に交渉していく持久戦となる公算が大

■一方、米中間で貿易交渉が(少なくとも表面的に)停滞する中、中国政府は7月23日の国務院常務会議において、地方政府のインフラ投資や減税拡大など財政政策を活用して今年下期の景気浮揚を図ると共に、デレバレッジもペースを緩める方針を示しました。米中交渉がIT関連分野の主導権争いという側面を強め、長期化に向かうと見られる中で、中国政府は対米通商摩擦の景気への悪影響を財政面から相殺する姿勢を示したものと見られます。

■トランプ政権の支持率の動向により、同政権が対中で強硬な姿勢をとる可能性は残ります。しかし、大局的にみると米中交渉は米中ともに財政政策によって景気をサポートしつつ、中期的には交渉していくという持久戦に移行しつつあるようです。

■以上を考慮すると、中国の政策転換が金融緩和による人民元下落継続という方向にならなければ、通商摩擦を背景に下落していた新興国通貨などが回復に向かう可能性が高まると考えられます。

(吉川チーフマクロストラテジスト)

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(2018年 8月 8日)

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