吉川レポート:基軸通貨国の大規模緩和の威力

吉川レポート:基軸通貨国の大規模緩和の威力

1.株価などのリスク資産は堅調に推移
2.背景には実質長期金利の大幅低下
3.リスク資産上昇継続に向けた3つのハードル

1.株価などのリスク資産は堅調に推移

■欧米先進国でロックダウン(都市封鎖)の段階的緩和が始まりましたが、経済成長に関する先行き不透明感はなお強い状況にあります。それにも拘わらず、5月も株価などリスク資産価格の回復傾向が続いたのは、米連邦準備制度理事会(FRB)による大規模な金融緩和の効果が大きいためだと考えます。

■今回のような新型コロナウイルス感染症抑制のための移動制限による経済悪化の場合、金利低下が耐久財消費や設備投資の増加を通じて景気を直接的に刺激する効果は限られます。しかし、FRBがゼロ金利政策に止まらず、債券購入や海外へのドル資金供給などを大規模に実施し、基軸通貨であるドルの実質長期金利を大きく押し下げていることが、資金フローと資産価格のサポートを通じてグローバルなデフレ懸念の広がりを食い止めていると考えます。

2.背景には実質長期金利の大幅低下

■経済危機が続く中、米国でもデフレのリスクが意識されていないわけではありません。米国のインフレ期待(インフレ連動債市場におけるブレークイーブンインフレ率)は年初と比較して0.6~0.7%ポイントも低くなっています。しかし、FRBの大規模緩和により、それ以上に長期金利が低下しています。米財務省証券(10年)の利回りは、年初比で1.2~1.3%ポイントも下がりました。(年初の1.9%程度に対し5月末では0.6~0.7%)。この結果、両者の差(長期金利-インフレ期待)である実質長期金利は、年初には小幅プラスであったのに対し、足元では▲0.5%程度の大幅なマイナスになっています。

■米実質長期金利の低下は、配当利回りの魅力を維持し、主要国株式市場への資金流入を支えるだけでなく、幅広い資産価格のサポート要因となっています。最も象徴的なのが金価格です。金には金利がつきませんが、インフレ率に価格が連動するため、「実質金利ゼロの金融資産」という性格を持つと考えられます。今回、金のドル建て価格は、米実質長期金利が大幅なマイナスに低下すると共に、大幅に上昇しています。米国の量的緩和縮小によって米長期実質金利が大きく上昇、金価格が大幅に下落した2015-16年の中国ショック時とはきわめて対照的な動きとなっています。

■新型コロナウイルスの感染抑制が遅れている新興国からは資金が流出していますが、米実質長期金利の低下がなければもっと激しいものになっていたはずです。新興国通貨の為替レートは対米ドルで下落しているとはいえ、比較的緩やかな国が多く(激しく低下しているのは一部の国に限られており)、新興国通貨の平均でみると、対ドル為替レートの下落幅は年初比で、5.6%に止まっています(MSCI新興国通貨指数ベース)。このため、新興国の多くでなお利下げを継続することが可能となっています。

3.リスク資産上昇継続に向けた3つのハードル

■以上から、FRBの大規模緩和によって、景気悪化と資産価格下落が相乗的に進む悪循環は回避されたと考えられます。但し、資産価格の上昇傾向が継続するには、いくつかハードルがあります。

■第一は、小規模な感染再拡大とその抑制のための一時的減速はあったとしても、趨勢としては景気回復が続くことです。新型ウイルスの感染収束状況(特に新興国)やワクチン・治療薬の開発状況によって、見通しが左右されることになります。

■第二は、景気を押し上げるための財政政策です。全人代で財政拡張が確認された中国や、財政刺激パッケージ第4弾が議論されている米国では、財政支出の積み増しが行われる可能性が高いと考えます。欧州で議論が本格化しはじめた復興基金が早期に実現するとすれば、プラスの材料となります。

■第三は、米中関係です。米国は香港の高度な自治が失われたとの見方を公式に表明しており、香港に対する各種優遇措置の見直しや個別企業・一部政府関係者についての制裁を実施する可能性が高まっていますが、その影響は管理可能とみられています。問題はこれらを超えてどのような批判・制裁の応酬になるかです。両国とも、最終的には経済に大きな打撃となる事態は回避するとみられますが、不透明感の高まりを受けて、市場が一時的にリスク回避的になる可能性はあります。

■メインシナリオとしては、株式などリスク資産のレンジが徐々に切り上がる展開を予想しますが、これらのハードルがクリアされつつあるのか、夏場にかけて金融市場はチェックしながら進むことになると考えます。        (吉川チーフマクロストラテジスト)

(2020年 6月9日)

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