円安スピードを日銀は抑えられるか?─世界的な景気改善で

 

日本銀行が長期金利ゼロ%政策を早めに解除しないと、「円安125円の壁」突破もありそうです。

日本の国内景気は改善

日本銀行は12月20日の政策決定会合で、従来の政策を据え置くとともに、国内の景気判断を上方修正しました。現状の景気は、従来の「新興国経済の減速の影響により、輸出・生産面の鈍さがみられるものの」との修飾語が声明文から削除されました。そして「わが国の景気は、ゆるやかな回復基調を続けている」という、約1年前(2015年8月)の表現に戻りました。GDP(国内総生産)の6割を占める「個人消費」も、従来の「一部に弱めの動きがみられる」との判断から、「底堅く推移している」へ上方修正されました。先行きの景気は、「ゆるやかな拡大に転じていく」となり、日本銀行が日本経済の先行きに自信を持ちつつあることを印象づけました。

日本の景気改善は円高要因

景気改善期待は、市場金利の上昇圧力となります。米国では「トランプ新政権の政策で米国は低成長から抜け出す」等の観測で、市場金利は大きく上昇中です。これが日米金利差の拡大観測となり、米国大統領選の直後から急速な円安が進行しています。新たな相場材料として浮上した「日本の景気改善」は、日米金利差の拡大スピードを抑制する要因──すなわち円安スピードを抑制する要因になると期待されます。

ところが日本銀行の会合後、逆に円相場は1ドル=117円台でジリ安となりました。長期金利(10年国債利回り)を「ゼロ%程度」とする前代未聞の政策の変更は「当面、考えていない」と黒田総裁が示唆したからです。日本銀行が長期金利の上昇を牽制し続けている間は、日米金利差の拡大は抑えられず、米国金利が上昇すれば、ほぼ連動する形で円安が進行することになります。

過度な円安は日本経済に打撃

もっとも黒田総裁は、2015年の夏、1ドル=125円台へ大きく円安が進んだ局面で「さらなる円安はありそうにない」(2015年6月10日)と発言し、市場に「円安125円の壁」を意識させました。「過度な円安が日本経済に与える打撃を日銀は懸念した」と受け止められました。円安は輸入物価を上昇させるため、原材料高を転嫁できない中小企業の円安倒産や、エネルギー高・食品高で失速しかねない個人消費などが懸念された模様です。いつまでも日本銀行が長期金利の上昇を牽制し続け、円安進行を容認する可能性は低そうです。

米中はじめ世界的な景気改善期待

2015年夏の当時、黒田総裁の円安牽制発言が効果を発揮できたのは、「世界景気の先行き不安」が味方したからです。GDP世界1位と2位の米国、中国でともに景気悪化懸念が強まったことで、世界的な株安連鎖となり、リスク回避的な円買い等で「円安125円の壁」は守られたのです。その流れは、2016年半ばにかけて1ドル=100円付近への円高につながりました。

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しかし米国大統領選以降の今回の円安進行は、事情が異なります。米国では、FRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長が利上げ(12月14日)直後にも「労働市場は過去10年間で最も力強い」(12月19日)と発言しています。利上げを見送った(2015年9月)ほど米国景気の先行きをFRBが懸念した2015年夏とは様変わりです。

中国は、過剰生産設備の調整の進捗等を背景に「景気は減速期から安定期に入りつつある」との見方が市場で目立ち始めました。ブラジルなど他の新興国も、景気持ち直しの兆しがみられます。これらは、今回、日本銀行が、従来の「新興国経済の減速の影響により、輸出・生産面の鈍さがみられるものの」との修飾語を声明文から削除した背景ともなりました。

世界的な景気改善期待は、(リスク回避的な)円高の動きを生じにくくさせる要因です。もしも黒田総裁が再び円安牽制発言をしても、今回は「世界景気の先行き不安」という味方はいません。早めに日本銀行が長期金利ゼロ%政策を解除しておかないと、「円安125円の壁」は突破される恐れがありそうです。

明治安田アセットマネジメント株式会社
かつて山間部の中学校などに金融教育の補助教材を届けていた頃の現場の先生方の言葉が、コラム執筆の原動力です。「金銭面で生きる力をつける教育は大切だが、私自身、株式など金融は教えられないのですよ」と。
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