「世界の野村」へ回帰するための課題とは

2022/03/10

我が国から遠く約8000キロ離れたウクライナではロシアとの対立の様相を呈し、国際情勢が大きく動き始めている。このような情勢変化に合わせて、動きを見せた企業がある。野村ホールディングス(8604)である。野村ホールディングスは、去る2022年3月2日にESG(環境・社会・企業統治)と持続可能なテクノロジー、インフラの取り組みの強化を図る目的で、新たな投資銀行グループとなるグローバル・グリーンテック・インダストリアルズ・アンド・インフラストラクチャー(GII)を設置したと公表した(参考)。

図表:世界全体のESG資産残高

(出典:野村證券HP

背景の一つとして、ウクライナ情勢の悪化により「エネルギー危機」やEV(電気自動車)などに使用されるニッケルなどの高騰が益々懸念されることから、ESGのとりわけ「E」の潮流が変わる可能性があり、ESGの流動性をグローバルで対応する目的があるとみられる。

野村ホールディングスが公表した通り、ウクライナ情勢を契機にサステナビリティ分野を新たに牽引する構図となるのか、あるいは逆の結果となるのか。本論では歴史を振り返ることでこの野村ホールディングスによる国際戦略の動向を理解するための一助を提供したい。

当初の両替店野村商店から今ではグローバルに展開している野村ホールディングスであるが、その歴史を振り返る上で2つの重要な出来事がある。

まず1つ目の契機は「大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件」である。大和銀行ニューヨーク支店を舞台に、約11億ドルの巨額損失が出ていたことが1995年に明らかになった事件で、元嘱託行員が長年にわたり、米国債の不正な簿外取引を行っていた。同行は損失を隠したまま資産報告書を米連邦準備理事会(FRB)に提出しており、重罪隠匿として米当局への通報を怠ったことや、損失を隠蔽するため連邦準備制度理事会(FRB)に虚偽報告をしたことで米国に不信感を募らせたのである(参考)。

図表:現在はりそな銀行本店ビルとしてその姿を残す大和銀行本店ビル

(出典:Wikipedia

そして2つ目の出来事は、1つ目の契機が関連したリーマン・ブラザーズの社員引き受けであろう。リーマン・ブラザーズといえば、かつて米国における名門投資銀行であったが、サブプライム・ローンが焦げ付いたことで破綻に追いやられた。その後リーマン・ブラザーズは倒産となり世界に「リーマン・ショック」として拡大させたことになったことは周知の通りである。当時リーマン・ブラザーズが破綻すると野村ホールディングスは、リーマン・ブラザーズの主要部門を買収すると発表した。その際に不動産や有価証券などの資産・負債は引き継がず、投資銀行の最大の財産である人財に絞った買収だったとした(参考)。

図表:リーマン・ブラザーズの破綻を受け日本法人の入るビル前に集まる報道陣

(出典:朝日デジタル

当初は人財を買ったと宣伝していたものの、現場では円滑にいかず、リーマン・ブラザーズ社員が日本企業に移ることに良い印象を持たなかったため、ドイツ銀行やバークレイズに移っていった社員も多くいた。そのような中、野村ホールディングスとしては人財流出を防ぐため、リーマン・ブラザーズ側の高い人件費を維持した。皮肉なことにこの待遇が経営に重く尾を引いているのも事実であり、事実内部でも受け入れた外国人社員の高額な待遇に批判があったという情報もある(参考)。

こうした過去の功罪と買収背景から、今回野村ホールディングスが推進するグローバル・グリーンテック・インダストリアルズ・アンド・インフラストラクチャーも対外的にはESGビジネスの牽引として対外的には発信しつつも、リーマン・ショック時の買収劇と同様に野村ホールディングスとしての利益は限定的である可能性があるのではないだろうかと言える。

かつて「平成バブル」の際には我が国の企業は100パーセント利益を確保することを目指していた。しかし、「大和銀行ニューヨーク支店事件」以降は、過去の事件を受けて、海外事業へのコミットメントを行う際は他の拠点と連携することを求められているようである。事実、去る2022年3月1日に公表された4月1日付のデジタル・カンパニーの設立も、“海外を含む”野村グループ内のグローバル連携の強化として発表されている(参考)。

従って、本件で取り上げている各地域から集めて設立するグローバル・グリーンテック・インダストリアルズ・アンド・インフラストラクチャーもこの歴史の延長線上にあるように捉えることができ、野村ホールディングスの資料によると、今回新設される新投資銀行プロジェクトは大多数を海外のバンカーで構成されている。このことから、今回の新しい投資銀行の設立は海外オフィス、とりわけ米国の意向が強いプロジェクトとなっている。

以上より、上述した歴史を鑑みると今回の新しいグローバル・グリーンテック・インダストリアルズ・アンド・インフラストラクチャーの設立は、「大和銀行ニューヨーク支店事件」以降の野村ホールディングスのグローバル社会への展開の難しさを示しているのではないだろうか。「世界の野村」へ回帰することができるか、表層的なプロジェクトの動向と、大和銀行の歴史から見る深層の両面を俯瞰的に注視すべき展開である。

グローバル・インテリジェンス・グループ

アナリスト 岩崎 州吾 記す

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