FDルールとアナリスト
・4月からフェア・ディスクロージャー・ルール(FDルール)が施行される。その内容が明らかになってきた。いくつかの論評をベースに、アナリストの活動について考えてみたい。森・濱田松本法律事務所の根本敏光弁護士は、同所のCAPITAL MARKETS BULLETINに「フェア・ディスクロージャー・ルールの全体像」という論考を載せている。
・FDルールの基本は、上場企業が投資家に重要情報を伝達する場合には、伝達と同時に公表すべし、という内容である。投資家は取引関係者の中心であって、伝達と同時に公表すべしという対象者として、報道機関や取引先は含まれない。取引関係者とは、証券会社や銀行などの金融機関、格付け機関、機関投資家としての運用機関、そして独立系アナリストの調査機関も含まれる。
・特定の投資家に分析・評価内容の提供を行う業務で、継続的な報酬を受けている者、というのが取引関係者である。とすると、筆者の場合、上場企業について分析・評価内容のアナリストレポートを書いて、ネットを通して公平にレポートを開示しているが、特定の投資家に相当するところからは、報酬を得ていない。
・つまり、機関投資家、個人投資家からは全く報酬を得ていないので、今回の規則の対象外となる。いわば、報道機関や取引先と同等になるともいえる。しかし、アナリストレポートを書いて公表するという点で、独立系の調査機関とみられるので、FDルールにはきちんと従って活動するのは当然と考えている。重要情報は入手しないし、万が一入手した場合はレポートの発行を中止して公表されるまで待つ、というスタンスである。社内ルールもそのように定めてある。
・そこで、重要情報とは何か。未公表の重要な情報で、投資家の投資判断に重要な影響を及ぼすもの、をいう。他の情報と組み合わせて、投資判断に影響を及ぼすもの、その情報のみでは直ちに投資判断に影響を及ぼすとはいえない情報(いわゆるモザイク情報)は、重要情報には含まれない。
・公表とは、1)法定開示(EDINET)、適時開示(TDnet)、2つ以上の報道機関に公表後12時間を経過、あるいは、2)上場企業が自社のウェブサイトに掲載(投資家が一年以上無償で閲覧可)、という条件を満たしている時をいう。
・ただし、M&Aやエクイティ・ファイナンスのように、重要情報を公表することで、それらの行為に重大な支障が生ずる恐れのある時は公表を行う必要がない。また、もし伝達した情報が重要情報に該当すると知らなかった場合や、同時に公表することが困難な場合は、知った後、速やかに公表すべしと定められている。
・FDルールに違反したからといって、すぐに刑事罰は課せられない。課徴金もない。積極的な情報提供を促進することが重要であって、情報開示の委縮を避けるためである。但し、適切な対応をとらず、公表の指示に従わず、公表の命令にも従わなかった場合は、刑事罰の対象となりうる。
・日本IR協議会の「情報開示と対話のベクトルプラクティスに向けての行動指針(案)」(2017年11月)によれば、上場企業は、情報開示方針(ディスクロジャーポリシー)を定めよと提言する。
・FDルールの導入によって、情報の内容を絶えず見極める必要がある。その時、情報をA、B、Cの3つの領域に分けて考えよという。これは分かり易い。1)A:すべての人々に開示する情報、2)B:投資家とのコミュニケーションの過程(建設的な対話)で説明する情報、3) C:取引所の法令や規則に違反しない限り、基本的に社外に開示も説明もしない情報、もしくは機密的な情報、の3つである。
・ポイントは、1)自社のディスクロージャーポリシーを定めそれに従う、2)グローバルな上場企業は外国のルールにも従う、3)確定的な決算情報は十分に管理する、4)開示すべき情報は速やかに公平に開示する、という点にある
・工場見学や事業別説明会で一般的に提供される情報はモザイク情報なので、重要情報には該当しない。一方で、決算確定前のプレビュー情報の説明は行わない。さらに、インサイダー情報はもともと禁止である。
・では、B領域の情報について、曖昧なケースが出てきた時はどうするのか。為替変動が業績にどう影響するかについて、重要情報に当たる場合がある。為替変動のシミュレーションを一般的な形で開示しておけば問題はないが、為替予約情報によって、確定的決算情報となりうる場合は注意を要する。
・通常、中期計画の公表で株価は動かないが、その内容の議論で、重要情報の伝達に当たると懸念される時には、公平に開示するか、C領域と定めるかは事前に判断しておく必要がある。一方で、既に公表した情報の補足説明やESG関連情報は、一般的にはモザイク情報である。
・NRIの大崎貞和主席研究員は、「FDルールガイドライン」(2018年2月、NRIナレッジ&インサイトのレポート)において、金融庁から出されたFDルールガイドラインに対するパブリックコメントについて論考している。
・金融庁によると、月次の売上高は重要な情報となる決算情報に当たらないが、増収見込みであるという定性情報は該当する。また、軽徴な組織再編、主要株主の異動、事故や災害などは重要情報に該当しない。また、確定的な予約レートで業績変化が予測できる場合や、公表直前の中期計画の数値内容を個別に伝達することは重要情報に当たる。
・大崎氏は、FDルールの形式的ルール遵守で、保守的になり、IR活動を委縮させてはならない。ひいては、アナリストの情報発信を制約させることのないように、と提言する。
・まさに、その通りであろう。早耳情報は使えなくなっても、モザイク情報を活用した分析(比較と予測)はアナリストの本領である。FDルールでアナリストの役割がなくなるのではなく、アナリストの役割はますます高まるといえる。各金融機関、調査機関は本物のアナリストの育成に一段と力を入れてほしいものである。