上場企業が投資家を選ぶ時代~逆もありうる局面へ

2015/04/27 <>

・一橋大学がCFO教育研究センターを設立する。日本では本物のCFOが十分育っていない。CFOを育成することが日本企業を強くするという趣旨である。その設立記念シンポジウムでいくつかの議論があった。注目すべき論点をいくつか述べてみたい。

・JPX(日本取引所グループ)の斎藤CEOは、持論である‘資本生産性の向上’をテーマにした。アベノミクスはまだ期待相場である。カンフル剤は長続きしない。政府に求めるだけでなく、それぞれの立場で痛みを伴う改革を行う必要がある、と強調する。

・東証の平均PBR1.4であるが、4割の企業が1.0を下回っている。事業を続けるより解散した方がよいという評価ともいえるが、実はもっと実力があるのにそれが発揮されていないのかもしれない。なぜそうなのか。それは、日本企業の資本生産性に問題があるという。

・資本生産性を示す代表的な指標がROEであるが、日本のROEは少し前まで5%、最近でも8%レベルである。米国、英国、香港の14%、ドイツ、中国の13%に比べても低い。低い理由は資本コストが分かっていないからであり、その資本コストを上回るROEを上げなくては、投資家は評価しない。これは世界の常識ともいえるが、日本の企業経営はこの点が不十分であった。「伊藤レポート」では、資本コストを7%とおいて、それを上回るROEとして8%を達成すべしと提言した。それに向けて、企業も投資家も動き出した感があるのはよい変化である。

・1989年当時、日本の時価総額は600超円を超えていたが、その時米国は470超円であった。日本はバブルの絶頂期であった。その後、日本の時価総額は300兆円を割れ、最近は570兆円まで戻っている。米国はすでに2000兆円に達しているのだから、日本がいかに低迷していたかである。TOPIXで1700、日経平均で21000円になると、つまりあと少しインデックスが上がると、時価総額で過去のピークを上回ってくることになる。

・なぜROEが低いのか。まずは企業が世界標準の経営をしてこなかったからである。最近の日立は、ようやくGEやジーメンスと応分に戦う体制を作りつつある。ROEを重視するJPX日経400のインデックスに入るには、資本効率を高める必要がある。アマダはそのために100%配当を行うと表明した。長年事業は一流、投資家対応は不十分とも言われたファナックは、株主との対話を行う部署を設けると公表した。これによって、ファナックの市場での評価は大きく上がった。

・2015年度から独立社外取締役の新しい制度がスタートする。コーポレートガバナンスコード(CGC)とスチュワードシップコード(SSC)は、企業サイド、投資家サイドの双方から対話を促進して、企業の資本生産性を高め、「稼ぐ力」を向上させようというものである。その中身を論じたものが伊藤レポートである。

・伊藤レポートは広く読まれているが、その中で課題と対応は議論されているが、答えが書いてあるわけではない。どうするかは個々の上場企業が自ら決めることである。機関投資家もどのように対話し、行動するかは各社毎に自分で決める必要がある。‘コンプライ オア エクスプレイン’の原則である。

・オムロンでは、役員会で伊藤レポートの内容をきちんと議論した、と山田社長は語っている。全員が読んだ上で議論し、それを自らの経営に埋め込んでいる。現場でも使えるKPIに落とし込んでいる。これは素晴らしい。

・リクシル(LIXIL)の前回の株主総会では、株主から社外取締役に、どのような活動を行って、経営をどうみているのか、について質問があった。藤森社長は、二人の社外取締役にその質問をそのまま振って答えるようにした。二人は少し驚いたようであったが、平然と持論を述べた。企業と投資家の対話において、トップマネジメントとの対話はもちろんであるが、独立社外取締役の意見が求められる場面も増えてこよう。責任は重大である。

・対話(エンゲージメント)とは、単なる話し合いではない。それを通じて理解を深めた課題には手を打って、ソリューションを見出していく必要がある。それによって収益性が高まり、企業の成長性や持続性が向上することが本来のねらいである。

・オリックスでは、株主の65%が外国人、個人投資家は5%である。浦田副社長(CFO)は、内外の機関投資家に対して、長期投資家を優先してCEOとCFOが対応するという。一方で、個人投資家を増やすべく、年2~3回であった個人投資家説明会を30回に増やしている。

・オムロンの山田社長は社長になって4年、前半2年と後半2年では投資家向け対応が少し違っているという。作田前社長からIRは社長の仕事と受け継いでいるので、常に力を入れている。しかし、前半2年は数を重視したが、後半2年は質を重視している。企業価値を伝達し、経営に取り入れる対話は続けていくが、投資家を選んで回数を減らしている。その分はIR担当役員がしっかり対応している。

・浦田副社長は、機関投資家がCEOでなければ答えられないような質問ではなく、IRの担当者で答えられるような質問ばかりされるとがっかりするという。実際、配当と自社株買いの話ばかりでは必ずしもCEOが答える必要はない。

・山田社長は。機関投資家は足元の状況など四半期の短期の話が多いという。もっと中長期の競争力の源泉に目を向けてほしいので、それに関わる戦略や課題、KPIの開示を充実するようにした。この発想は注目すべきである。

・フィデリティ投信の三瓶ディレクターは、投資家は中期計画の進捗もさることながら、その先を知りたい。長期の将来をどう考えているのか。どのような手を打っていくのだろうか。この点について答えが返ってくるようなCEOは信頼できるという。

・三井物産では、個人株主比率が20%、24万人に達する。それでも個人投資家説明会に力を入れている。個人投資家説明会に出てみると分かるが、目先の短期の質問は少ない。個人投資家は長持ちする情報を求めている。かといって、会社の事業内容を長々と説明するだけでは、よい説明会とはいえない。

・筆者が参加した個人投資家説明会で出た質問は、①各事業分野の収益性をどのように測って、経営を行っているのか、③資源分野に強いのだから、非資源分野を伸ばすといっても収益的なインパクトは少ないのではないか、③新しいブランティングをスタートさせたが、それによって社員の意識はどの程度変わったのか、社員の業績評価のしくみはどのように変えているのか、というような内容であった。

・このように個人投資家の質問はいいところをつく。機関投資家の最大の課題は、社長に対して社長にしか答えられない質問を十分しないことにあるといえよう。従来、投資家は投資する会社を選べるが、上場企業は投資家を選べない、といわれたが、今や企業価値創造に資する投資家を会社サイドが選ぶようになるかもしれない。しかし、真摯に対話をする辛口の投資家を避けるようでは、やはり市場で十分評価されないであろう。

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