三菱ケミカルHDのサステナビリティ経営~企業価値向上への実践
・1月に三菱ケミカルホールディングスの小林善光会長の話を聴いた。10年前にKAITEI経営の話を初めて聴いた時のインパクトは極めて大きかった。以来、そのマネジメントを実践し進化させてきた。会社も大きく変貌した。そのカギを改めて理解したい。
・小林会長は企業価値を三軸で捉えている。①MOE(資本効率、経済性のマネジメント)、②MOT(イノベーション創出、技術のマネジメント)、③MOS(環境・社会課題の解決、サステナビリティのマネジメント)である。E(Economy)、T(Technology)、S(Sustainability)をいかにM(Management)するかという意味である。
・経済社会システムは、キャピタリズムからデータイズム(Dataism、デジタル専制主義)に向かっていると認識し、データ経済圏の覇権争いが激化、そこではAIが富に直結する。ますます広がる格差をどう埋めていくかが問われている。
・中国の知識統制、米国の自国ファースト、英国のブリグジットなどの摩擦を通して、①民主主義、②国家主義、③グローバル化は同時に成立しない、というトリレンマが軋みを大きくしている。
・一方で、地球の気候変動への対応は待ったなしである。人類の活動がそれをもたらしているとしても、個の利益との衝突があるので、政治的には必ずしも全体最適に向かわない。
・しかし、個々の企業が企業価値を創造するには、社会的課題(SDGs)のソリューション提供に向けて結びつきを追求することが使命であり、それが長期的価値創造に資するという考えは今や普遍化しつつある。
・それをビジネスにおけるエコシステム(生態系)として捉え、自らのポジションをいかに確立していくか。そのビジネスモデルの構築力が勝負となっている。
・小林会長は、経済を測る尺度についても、①モノを測る、②コトを測る、③ココロを測る、という3つの様態が必要であると強調する。
・三菱ケミカルHDはMOEでみると、この10年で、1)事業を再編し、2)ポートフォリオを入れ替えて、業績を大きく伸ばしてきた。2017年度で売上高3.7兆円、営業利益3800億円、ROE 17.8%まできた。
・MOTでは、1)R&D(内部成長)とM&A(外部成長)のバランス、2)コネクティッドインダストリー(企業と企業、機械と機械、人と人などがデータを介してつながるデジタル新産業)におけるオープンシェアード戦略とクローズド囲い込み戦略の使い分け、3)ベンチャーエコシステムの創出、に力を入れている。
・そこでは、①事業戦略、②研究開発戦略、③知的財産戦略を三位一体として、イノベーションを創り出す。PDCAを強化し、その定量的な進捗管理に向け、R&D、IP(知的財産)、マーケット(新製品、新サービス)、IT化(デジタルトランスフォーメーション、DX)に関するKPIを設定している。
・MOSでは、自然環境の悪化に対して、化学(ケミカル)がソリューションを提供できる領域を追求する。三菱ケミカルとしては、マイクロプラスチック、循環炭素、人工光合成などに取り組んでいる。SDGsとの関連も明確にして、グローバルに展開しようとしている。
・MOSのKPIとして、環境で9項目、健康で7項目、快適性で7項目定めて点数化し、その向上を目指している。2010年度に140点でスタートしたものが、5年後の2015年度には244点へ向上、現在は2020年度を目標にさらにアップを目指している。具体的には、大気系環境負荷の削減、健康管理情報の提供、働きがいのある組織の構築などがテーマである。
・では、MOSミッションの達成率が、MOE(資本効率からみた業績)にどう結びついているのか。また、コーポレートガバナンス改革が3軸マネジメントにどう効果をもたらしているのか。その因果関係の経路は多様であるが、少なくとも業績向上との相関は明確に表れている。
・小林氏は、2007年から社長を努め、4年前に会長に就いた。40歳まで長く研究開発部門にいたが、マネジメントのトップに立った時、企業の総合力もヒトと同じように、心技体で捉えようとした。体は儲け、技はわざ、心はCSR/ESG/SDGsであると考えて、3軸とした。
・化学の会社は何をやっているのか分かりにくい。そこで3軸を通して提供する価値をKAITEKI(快適)と決めた。そして、これらの定量化を図った。
・筆者は、10年来、企業を見る時、3つの軸が大事であると認識し実践してきた。1つ目は市場性で、マーケットがローカルからグローバルへ、いかに拡大していくかをみていく。2つ目は革新性で、イノベーションにどこまで挑戦していくかをみる。そして、3つ目は社会性で、企業として社会にとって不可欠な存在であるべく、社会的課題の解決にいかに取り組んでいるかをみていく。
・企業価値を生み出す仕組みがビジネスモデルであり、その構築が「経営デザイン」である。この経営デザインのフレームワークがKDS(経営デザインシート)であり、今その活用が注目されている。
・小林会長は、三菱ケミカルが創り出す価値がKAITEKI価値であり、それを経済性(儲け)、技術力(イノベーション)、持続性(社会課題の解決)の3つの軸からマネジメントしていくことを実践してきた。
・MOEは1年、MOTは10年、MOSは100年のタイムスパンでみていく。時間軸の違いを意識しながら、そのバランスの中で、カイテキ価値を向上させる。KPIを定量化して、点数を合計して評点しているところがすばらしい。
・これを国単位でみれば、付加価値(GDP)、イノベーション(Dataism)、社会の持続性(SDGs)の追求による国家価値の創造となろう。日本はこの国家価値創造力が落ちている。企業のガバナンス改革が実行されているが、同じように大学(知)のガバナンスや、政官(国のマネジメント)のガバナンスが大いに問われている。
・かつてピーター・ドラッカーは、企業のマネジメントは目的がはっきりしているから分かり易いが、大学や政府、非営利法人は価値基準が多様となるので、その組織マネジメントは難しくなると語った。
・どんな組織においてもリーダーシップが求められる、しかし、うっかりするとポピュリズム(大衆迎合)になり、悪くするとワンマン(独裁)になりかねない。まわりの忖度も蔓延ってくる。組織をいかに統治していくか。小林会長の洞察力と実践は大いに参考にしたい。