アイビス(9343) 世界に通用するソフトウェアの開発を目指す
ペイントアプリを主に無料で提供し、アプリ上への広告掲載料が主要な収益源
世界に通用するソフトウェアの開発を目指す
業種: サービス業
アナリスト:髙木伸行
◆ モバイルペイントアプリ“ibisPaint”が成長ドライバー
アイビス(以下、同社)は、2000年5月の創業以来培ってきたモバイル分野での開発力によりペイントアプリ「ibisPaint」などのモバイル分野に特化した製品やサービスをリリースしてきた。
同社の代表取締役社長の神谷栄治氏は、学生時代から起業することを目標としており、社会人経験を積むことや会社の仕組みを学ぶ目的でベンチャー企業に2年間務めた後に同社を設立した。同氏が名古屋工業大学に在学中の96年に開発したホームページ公開専用FTPソフト「小次郎」の販売収入が同社設立の原資となった。
同社の創業の前年にiモードのサービスが開始され、同氏は携帯電話がインターネットにつながるということに感銘を受け、PCが優位な時代からモバイル分野に拘って事業を展開してきた。同社は「モバイル無双®で世界中に“ワォ!”を創り続ける」をミッションとして、モバイルに精通した技術者集団により、世界のソフトウェア業界で日本のソフトウェアのプレゼンスを上げてゆきたいとしている。
同社の事業セグメントはモバイル事業とソリューション事業の二つに分類されている。22/12期におけるモバイル事業の売上構成比は63.7%となり、調整額控除前の利益の70.7%を占めている(図表1)。
20/12期の営業損失から、21/12期は60百万円の営業黒字となり、22/12期には219百万円の営業利益を計上した。ibisPaintの累計ダウンロード数の増加とともに利益水準は順調に切り上がっており、最高利益を更新中である。
◆ モバイル事業
モバイル事業として、ibisPaintをGoogle PlayやApp Storeなどを通じて基本的には無料で提供している。また、世界中のユーザーが参加できるibisPaintで制作されたコンテンツの発表の場であるオンラインギャラリーibispaint.comを運営している。
モバイル事業の収益は有料版ibisPaintからの収益もあるが、大半はアプリ上に配信されたバナー広告や動画広告の広告料収入によるものである。アプリユーザーからの直接の収益は小さいが、アプリユーザー数の拡大は広告媒体としての価値を上げるという観点からは重要である。
無料のibisPaintでも、ほぼフル機能が提供されていることから、累計ダウンロード数は19年10月に5,000万、20年10月に1億、21年12月に2億、23年1月には3億に達しており、新型コロナ禍がもたらした巣篭もり需要により急速にダウンロード数が増加している。アプリ分析データ会社であるdata.aiの調べでは、21年には日本企業発のアプリの中で世界ダウンロード数第1位を記録したほどである。
また、月当たりのアクティブユーザー数を表すMAU(Monthly Active Users)は22年12月には全世界で4,000万人に達している。
ibisPaintのユーザー数は海外が圧倒的に多く、22年末の累計ダウンロード数の92.5%が海外ユーザーによるものである。モバイル事業の22/12期の地域別売上構成比は米国が39%、日本が27%、その他が34%である。言語を要しないイラスト制作分野であることが海外ユーザーに受け入れられた一因である。さらに、16/9期以降、19カ国語での対応を行うとともに世界61カ国でインターネット広告を出稿してきたが、広告の費用対効果を上げるために試行錯誤を繰り返し、19/12期頃から、効果的な広告を出稿するためのアルゴリズムを体得したことにより、効果的なマーケティングを行えるようになったことが、海外展開が軌道に乗った背景にある。
ユーザーの属性については女性が71.4%、男性が28.6%であり、趣味としてイラストを描いている人達(つまりプロのイラストレーターではない人達)が中心である。また、data.aiの調べでは、ibisPaintのユーザーは25歳未満が61.6%、25歳以上45歳未満が27.1%、45歳以上11.2%という構成で、いわゆるZ世代が多い。若い世代が多いということは、ペイントアプリは一旦使用されると他のアプリに切り換えられることが少ないこともあり、将来に亘って長く、同社のアプリを利用してもらえるユーザーが多いことを意味している。このため、同社は顧客生涯価値を高める施策を打つことも重要と考えている。
◆ モバイル事業のビジネスモデル
ibisPaintはほぼフル機能を搭載しているにもかかわらず、基本無料でユーザーに提供されている。無料だから簡単な機能だけを提供するという発想ではなく、ほぼフル機能を提供しているところに特徴がある。ibisPaint上にバナー広告や動画広告などが表示されるようになっており、同社はこの広告枠に複数のSSP注1事業者から提供される広告をアドネットワーク注2を通じて表示することにより、広告収益(図表2の「アプリ広告」に該当)を得ている。通常のアプリビジネスとは異なり継続課金や売切課金に依存するのではなく、ユーザーに配信される広告からの収益を主としている。
主力の収益源である広告枠の提供による広告収入に加えて、二つの有料サービスを提供している。
ひとつは広告非表示機能を含む追加機能や追加素材などの利用が可能になる定額課金型のプレミアム会員サービスの提供(図表2の「サブスクリプション」)である。サブスクリプションの定額課金は月額300円か年額3,000円となっている。
もうひとつは初回インストール時に広告非表示機能付きの有料版アプリの販売と無料版アプリのインストール後に広告除去アドオンの販売(両方を合わせて「売切型アプリ」)である。有料版アプリ、広告除去アドオンともに販売価格は1,600円である。
同社は広告収入を重視してきたが、リスク分散を目的にサブスクリプション売上を拡大することを考えている。当初は機能が少なかったが、その後の機能のラインアップの充実やアプリ内広告の効果から、サブスクリプション課金者数は、この1年半ほどで急速に拡大しており、22年末には約6.6万人に達している。
◆ ソリューション事業
ソリューション事業では1)IT技術者派遣サービスと2)モバイル端末アプリの受託開発・運用保守及びクラウドコンピューティングサービスであるAmazon Web Servicesを用いたサーバーの構築・移行・運用保守などの受託開発サービスの二つのサービスを展開している。
IT技術者派遣は同社が雇用しているシステムエンジニアなどの技術者を労働派遣契約に基づいて顧客企業に派遣し、対価として派遣料を受け取っている。受託開発は主に請負契約または準委任契約によるものである。
ソリューション事業は安定的な収益をもたらしており、22/12期のIT技術者派遣のソリューション事業における売上構成比は85.6%、受託開発は14.4%である(図表3)。
◆ 収益・費用構造
同社の22/12期の売上原価ならびに販売費及び一般管理費(以下、販管費)の合計は3,177百万円となり売上高の93.5%に相当している。全社ベースでの主要な費用項目は広告宣伝費1,269百万円(売上高比率37.4%)、人件費1,173百万円(同34.5%)、販売手数料315百万円(同9.3%)となっている(図表4)。
事業別で見ると費用構造の違いは顕著で、モバイル事業は新規ユーザー獲得のための広告宣伝費やプラットフォーム事業者やSSP事業者へ支払う販売手数料の負担が重い。一方で、22年末の総従業員数221人に対して、モバイル事業の従業員数は15人に過ぎず、人件費負担は非常に小さい。
ソリューション事業については、22年末の従業員数は188人と全従業員の85.1%を占めていることから、人件費が主要費用項目となっている。ソリューション事業の人件費は同事業の売上高の76.6%に相当している。
ソリューション事業は労働集約的な事業となり、拡大に向けては人員の増加が不可欠となる。一方、アプリ事業は知識集約型となり、開発段階においては一定数の優秀な人材が必要となるものの、開発製品の市場性の大きさから急速な事業拡大が見込める事業と言える。