ステムセル研究所<7096> さい帯血を用いた再生医療が開始される前段階で収益基盤が確立されている

2021/07/08

さい帯血の分離・保管を行う個人向けサービス「細胞バンク事業」を展開
さい帯血を用いた再生医療が開始される前段階で収益基盤が確立されている

業種: サービス業
アナリスト: 大間知 淳

◆ さい帯血の分離・保管サービス「細胞バンク事業」を展開
ステムセル研究所(以下、同社)は、胎盤の中に含まれている新生児の血液 である「さい帯血」や「さい帯(へその緒)」を分離・保管する民間さい帯血バ ンクである。13 年 9月に日本トリム(6788 東証一部)の連結子会社となった。

さい帯血バンクには、白血病等の病気で移植治療を必要とする第三者の患 者のために保管する事業を営む公的さい帯血バンクと民間さい帯血バンク が存在する。公的さい帯血バンクでは、造血幹細胞移植法に基づき、新生 児の母親から無償でさい帯血の提供を受けている。一方、将来何らかの治 療(主に脳性麻痺や自閉症等を対象とした再生医療)を新生児やその兄弟 等が受けることになった場合に使う可能性を想定して、新生児の親がさい帯 血を有償で預ける相手先が民間さい帯血バンクである。

21年4月末現在、日本国内において、自己にさい帯血を投与(使用)する ためには、対象疾患毎に、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律 (以下、再生医療等安全性確保法)」に基づき、「第 2 種再生医療等(体性 幹細胞等中リスクのもの)」として、臨床研究提供計画を「特定認定再生医 療等委員会注 1 」に提出し、審査を受け、承認された後、厚生労働大臣へ同 提供計画を提出の上、実施する必要があり、一般のクリニック等で自由に投 与することは認められていない。

21年4月末現在、同社による顧客への再生医療等での利用目的(臨床研 究における投与も含む)の引渡件数は 16 件、研究(モデルマウス等での治 療効果の検討)目的の引渡件数は 95 件となっている。

同社は、さい帯血を分離・保管する事業を「細胞バンク事業」と呼んでいる。同社は、顧客(妊婦等)と「さい帯血分離保管契約」を締結した上で、国内各 地のさい帯血採取協力産科施設(以下、協力産科施設、大学病院、産科ク リニック等)において採取されたさい帯血を回収し、自社の細胞処理センタ ー(東京都港区)に搬入し、さい帯血に含まれる幹細胞を分離・抽出・調製 する作業を行った後、自社の細胞保管センター(神奈川県横浜市)におい て、超低温下にて長期保管している。

体内の幹細胞は、幼児期には多く存在しているが、年齢を経るに従い減少 して行くと言われている。さい帯血には血液を造る「造血幹細胞」や、神経・ 軟骨・心肺細胞等様々な細胞に分化したり、各組織の修復に関与したりす る「間葉系幹細胞」が含まれている。さい帯血は、遺伝子を導入して作成す るようなものではなく、元々自分の身体の中にある細胞(体性幹細胞)である ため、がん化のリスクも少なく、比較的安全に使用できる。こうしたことから、 さい帯血を用いた治療は、現在十分な治療法のない小児の中枢神経系疾 患(低酸素性虚血性脳症、脳性麻痺)や自閉症スペクトラム障害等に対する 再生医療・細胞治療として、国内外で臨床研究が進められている。

さい帯血は、血液疾患等の治療においては、「造血幹細胞移植法」、また、 再生医療目的使用する場合は、再生医療等安全性確保法に基づき、適正 に使用される必要がある。同社は、16年2月に再生医療等安全性確保法に 基づき、特定細胞加工物製造許可を取得し、同法に基づく細胞提供体制 を整備している。また、同社は、21 年 4 月より「さい帯(へその緒)組織保管 サービス」を開始した。

◆ さい帯血を用いた国内の臨床研究はまだ初期段階にある
同社が細胞の処理・提供を行っている国内の臨床研究としては、現時点で 以下の 4 件であるが、いずれも第Ⅰ相、第Ⅱ相であり、初期段階にある。

17年1月に高知大学医学部付属病院で開始された「自家臍帯血を用いた 小児脳性麻痺などの脳障害に対する臨床研究(第Ⅰ相)」では、18 年 4 月 に予定投与数(6例目の最終投与)を終え、最終投与から約3年かけて患者 の経過観察等を行った上で、安全性に係る評価が行われる見込みである。

20年10月には、同じく高知大学医学部付属病院によって実施される、「小 児脳性麻痺など脳障害に対する同胞間臍帯血有核細胞輸血」及び「小児 脳性麻痺など脳障害に対する同胞間臍帯血単核球細胞輸血」に係る臨床 研究(いずれも第Ⅰ相)が公表され、21 年 6 月の 1 例目の投与を想定した 準備が進められている。

AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の支援を受けながら、 大阪市立大学医学部を中心としたグループが進めている「低酸素性虚血性 脳症に対する自己臍帯血幹細胞治療」は、既に第Ⅰ相臨床研究(6 例、同社は関与していない)が終了し、第Ⅱ相多施設共同臨床研究(15 例)に係 る開始・更新手続きが進められている。

◆ さい帯血とさい帯を処理、保管する 3 センターを有している
同社は、3 カ所でさい帯血・さい帯を処理、保管している。

東京細胞処理センターは、再生医療等安全性確保法に基づき、16 年 2 月 に厚生労働省より特定細胞加工物製造許可を受けた施設であり、最先端の 処理プロセスを用いて、さい帯血に含まれる幹細胞の分離・抽出・調製を行 っている。同センターでは、ISO9001 と AABB(さい帯血保管に関する国際 基準)の認証を受けている。

横浜細胞処理センターは、21 年 3 月に厚生労働省より特定細胞加工物製 造許可を受けて細胞保管センターの施設内に開設された。同センターでは、 さい帯組織を処理する専用のブースを設置しており、4 月からさい帯保管サ ービスを開始した。

細胞処理センターで分離・抽出・調製された幹細胞は、同施設内にある液 体窒素タンクで一時的に保管されるが、その後、耐震性に優れた細胞保管 センターに移送され、長期保管用の大型の超低温液体窒素タンクで保管さ れている。

同社は近年、業容拡大に伴い、従業員や臨時雇用者の採用を拡大している。 従業員数は、16/3 期末の 41 名から 21 年 4 月末には 80 名に増加した。また、 16/3 期に 15 名であった過去 1 年の平均臨時雇用者数は、20 年 5 月から 21 年 4 月まででは 77 名に増加した。

◆ 日本トリムグループの中では中核事業ではない
同社は、研究が先行する海外での再生医療に注目した医師達によって 99 年 8 月に設立された。13年には日本トリムが同社を子会社化し、当時、日本 トリムの執行役員であった清水崇文氏が取締役に就任した(16年に代表取 締役社長に就任)。

日本トリムは、21年5月21日時点で、100%出資の連結子会社であるトリム メディカルホールディングスを通じて同社の議決権の 89.5%を保有していた が、公募増資や売出し(オーバーアロットメントによる売出しに伴うグリーンシ ューオプションが行使されると仮定)を実施した上場後も同社株式の 72.6% を保有する親会社にとどまる見通しである。

日本トリムのグループとしての中核事業は、整水器等を販売するウォーター ヘルスケア事業(21/3 期の構成比、売上高 89.0%、営業利益 96.9%)であり、 同社を中心とする医療関連事業(同 11.0%、3.1%)ではない。日本トリムの医療関連事業には、中間持株会社であるトリムメディカルホールディングス と同社を含め、子会社 4 社が属しているが、各社は専門領域に特化して事 業を展開しており、現時点でグループ内での競合関係はない。

同社の取締役は 4 名で、このうち社外取締役は 2 名である。社内取締役で ある清水社長と乃一伸介取締役は日本トリム出身者であるが、同社に完全 移籍している。同社の売上高や費用に日本トリムグループに対するものは 若干存在するが、取引の多くについては解消または縮小する方針である。

◆ フロー型収益の積上げがストック型収益に繋がるビジネス特性
同社は、さい帯血にかかる分離料、検査料、登録料及び細胞保管料等を顧 客より収受し、将来の使用に備え、保管することをビジネスモデルとしている。 20/3 期における売上高構成比は、分離料、検査料、登録料によって構成さ れる技術料が 79.9%、年間の細胞保管料である保管料が 15.8%、契約更新 時の更新手数料等のその他が 4.3%となっている(図表 1)。

技術料がフロー型収益であるのに対し、保管料は基本的にはストック型収 益に該当する。さい帯血の分離というフロー型収益の積上げが保管料という ストック型収益の成長に繋がることが同社のビジネス特性である。但し、保管 年数は、1年、10年、20年の 3種類から顧客が選択できるようになっており、 保管料の全てが長期継続収益とは言えない点には注意が必要である。

同社は、協力産科施設で開催される母親学級注 2 において、さい帯血保管 サービスを紹介しており、検体の獲得やサービスの認知度向上の観点で、 最も重要なチャネルとなっている。その他のチャネルとしては、Web 広告等 インターネットでのサービス紹介や、協力産科施設でのパンフレットの配布 や、待合室でのデジタルサイネージ広告等が挙げられる。

同社は、KPI として、年間新規保管検体数と年度末の累計保管検体数を挙 げている。新規保管検体数については、国内外でのさい帯血を利用した臨 床研究が進展したことや、母親学級での紹介回数が増加したこと等から、 20/3 期は前期比 55.9%増加した。しかし、新型コロナウイルス問題によって多くの母親学級の開催が中止されたため、21/3 期は同 21.3%減少した。一 方、新規保管検体数が毎期加わるため、累計保管検体数は継続的に増加 している(図表 2)。

同社の売上原価の 4 割弱を占めるのが細胞処理センターや細胞保管セン ターで働く技術者(従業員及び臨時雇用者)に支払う労務費である。同じく 1 割強を占めるのが分離作業で使用する消耗品等の材料費である。その他 の売上原価としては、分離作業を行う協力産科施設に支払う支払技術料や、 臨床検査会社に支払う検体検査費用である外注委託費、荷造運賃費等が 挙げられる。21/3 期の売上総利益率は 65.6%と高水準を確保している。

販売費及び一般管理費(以下、販管費)の内訳としては、給料及び手当、 広告宣伝費、賃借料、支払手数料等が中心を占めており、固定費が中心と なっている。なお、研究開発費については、20/3 期が 3 百万円、21/3 期が 8 百万円と低水準にとどまっており、現時点においては大きな負担とはなって いない。同社は再生医療関連企業であるが、研究開発費が利益を圧迫して いない点がユニークである。

同社は、将来、中枢神経系疾患に対するさい帯血を用いた再生医療・細胞 治療が日本において本格的に実施されることを想定して細胞バンク事業を 展開しているが、自らが研究開発の主体とはならず、臨床研究を主導する 医療機関のサポート役に徹している。結果、さい帯血による再生医療・細胞 治療が開始される前の段階で、事業の収益基盤が既に確立されていること を証券リサーチセンターでは評価している。

同社は、顧客から収受した 10年契約及び 20年契約の保管料について、初 年度分を売上高に計上し、残りを前受金に計上している。結果、21/3 期末 の前受金は 2,395 百万円(総資産の 60.5%)、現金及び預金も 2,743 百万円 (同 69.3%)に達している。21/3 期末の自己資本比率は 33.4%に過ぎないが、 キャッシュリッチ企業であることも同社の特徴の一つである。

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一般社団法人 証券リサーチセンター
資本市場のエンジンである新興市場の企業情報の拡充を目的に、アナリスト・カバーが少なく、適正に評価されていない上場企業に対して、中立的な視点での調査・分析を通じ、作成されたレポートです。