吉川レポート(2018年9月)「米国一人勝ち」相場の転換点

吉川レポート(2018年9月)「米国一人勝ち」相場の転換点

【ポイント1】「米国一人勝ち」の様相を呈する金融市場
米国人投資家の資金が米国に回帰

■年初来の金融市場を振り返ると、米ドルや米国株式の堅調さが際立っています。米連邦準備制度理事会(FRB)が算出するドルの実効為替レートをみると、ドルの為替レートは年初から8月末までに5%強上昇しています。株価も同期間でS&P500種指数が+8.51%とユーロ・ストックス(▲0.59%)、FTSE100(▲2.23%)、日経平均株価(+0.46%)など主要国の主要株価指数と比較して好調さが目立ちます。

■資本フローの観点からみると、米国人投資家の資金が米国に回帰する傾向が強まったことが、米ドルや米国株式上昇の一因となった可能性が高いと考えられます。米財務省の国際資本移動統計によると、米国人投資家は2018年1-3月に340億ドル、さらに4-6月には1,060億ドルの外国証券を売却し、米国に資金を持ち帰った形です。特に4-6月については債券(ネット売却額800億ドル)に加え、株式(同260億ドル)についても資金を一部引き揚げました。

■こうした米国への資金回帰と「米国一人勝ち相場」の背景として、最も基本的な点は、2018年前半から年央にかけて、財政刺激策によって米国景気が他地域と比較して堅調に推移したこと、そのもとでFRBが段階的に利上げを継続してきたことです。加えて、トランプ政権の保護主義的な通商政策は、「米国第一」という性格上、米国以外の国・地域の経済にマイナスに働くリスクが高いため、米国投資家はリスクを避けて資金を米国に回帰させたとみられます。また、税制改正によって米国の大手企業が海外に留保していた利益が米国に還流し、一部が自社株買いを通じて、米国株式市場に流入したことが、米国株式のパフォーマンスを高めた面もあったと考えられます。

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【ポイント2】「米国一人勝ち」後を模索し始めた金融市場
リスクアセットが再評価される展開

■ただ、先行きを展望すると、「米国一人勝ち相場」は近い将来変化し始める可能性があります。まず、米国とその他の地域の景気の勢いの差が縮まり始める可能性があります。財政支出の効果はあと1年程度続くため、米国景気データの好調はしばらく続く見通しです。しかし、遠からず金融市場は米国について財政政策の効果を織り込んだ上で、来年後半以降、どの程度減速するかを検討し始めると見られます。一方、財政政策を転換した中国や労働市場の堅調が目立つユーロ圏の景気データが持ち直して来ることが予想されます。

■11月初めの米中間選挙が近づいてきました。トランプ政権の強硬な通商・外交政策の第一の目的は選挙に向けて支持率を引き上げることであり、中間選挙前後が一つの区切りになる可能性があります。実際、米国と欧州連合(EU)の対立や北米自由貿易協定(NAFTA)の通商問題は交渉プロセスに移行しています。相手がトランプ大統領であるだけに油断はならないものの、峠は越えつつある印象です。米中通商摩擦は問題の根が深く長期化しそうですが、一旦こう着状態に入ると見られます。また、パウエルFRB議長が指摘したように、米国のインフレ率は安定しており、急加速のリスクは低いです。FRBの利上げもあと3~4回で一巡する可能性が浮上してきています。

■税制改革に伴う企業の海外留保益の米国への送金については、1-3月期に2,500~3,000億ドル前後に上った後、4-6月期も継続したと見られますが、米GDP統計の一部として作成されている企業収益統計の「ネット配当支払い」のデータから推測すると、規模的にはややスローダウンした模様です。

■今後1~2カ月間、金融市場は引き続き政治リスクを警戒し、米ドル資産優位の構図が残る可能性があります。しかしその後は、徐々に米国一極集中型の資金フローが変化し始めると思われます。その場合、出遅れていた米国以外の株式が見直されるか、グローバルに債券が買われるのかが注目されます。世界経済が回復傾向にあることを考えると、米ドルが緩やかにピークアウトしつつ、リスクアセットが再評価される展開が想定されます。

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【今後の展開】世界経済は政治リスクを抱えつつも回復持続

■全体としてみれば世界経済のファンダメンタルズは悪くありませんが、政治リスクが金融市場にストレスを与えています。9~10月は米中通商摩擦、トルコ情勢、イタリア問題が焦点となりそうです。

■米中通商問題は、米国による対中制裁関税第2弾(2,000億ドル分に25%)に関する公聴会等の手続きが9月6日に終了する予定です。トランプ政権がこれを実施した場合の中国の反応が重要です。中国にとってこれ以上事態がエスカレートすることは得策ではないため、短期的には過剰反応せず、中間選挙をまたいで交渉を継続する戦略をとると見られます。但し、リスクシナリオとして中国側が時間をおかず報復関税を実施した場合、トランプ政権が追加対応をとるなど、さらにエスカレートすることもあり得るため、一応の警戒が必要です。

■トルコ問題については、貿易や金融機関の損失などを通じた影響はグローバルにみれば限定的とみられます。真のリスクは外交、軍事(中東情勢や欧州への難民流入等)に波及することです。不透明感は根強いですが、EU諸国などが関係悪化の歯止めに動くことも考えられ、冷静に事態を見守るべきでしょう。

■イタリアは9月末を目途に、2019年を含め先行き5年の経済、財政の見通しをEU委員会に提出する予定です。ポピュリスト政党が連立したイタリア政府が、減税などの公約を実施するため財政赤字がGDP比3%を上回る予算を示し、それに対しEU委員会が批判的な姿勢を示す可能性は無視できません。最終的には来年初めにかけては双方が妥協点を探ると見られますが、独伊スプレッドが一時拡大することはありえます。

■良好な経済ファンダメンタルズと政治リスクの綱引きは続きますが、(1)世界経済の50%を占める米中が財政面から景気対策を実施している、(2)多くの新興国で経済成長が維持されている、(3)ポピュリストも良好な景気を悪化させてはかえってマイナスになると考えている、等を踏まえると、世界経済は政治リスクを抱えつつも、回復を続ける公算が大きいと思われます。

(吉川チーフマクロストラテジスト)

(2018年 9月 5日)

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