日銀短観から景気を読む

2016/10/07
(要旨)
・全体として、景気は高水準だが方向感を欠く展開
・業況判断DIは、方向感を欠いた景気状況を示唆
・国内での製商品・サービス需給判断は高水準横這い
・設備投資は「そこそこ」の水準
・労働力不足は深刻。唯一景気改善の持続を示唆
・金融の緩和は末端まで行き渡っている
・販売価格判断は仕入れ価格判断を常に下回る(おまけ)
(本文)
10月3日に発表された日銀短観については、すでに多くのマーケット・エコノミストがレポートを書いているが、本稿はエコノミストの立場から日銀短観を分析するものである。
一般に、マーケット・エコノミストは、市場動向を追う投資家のために、「投資家たちの注目している指標に関して詳しく論じる」「直近の変化に敏感に反応する」傾向があり、エコノミストは「市場関係者が注目しているか否かにかかわらず、幅広く指標を眺める」「一喜一憂せずに、景気の大きな流れを見定めようとする」傾向がある。
そこで本稿では、代表的な項目を見ながら、景気の大きな流れを感じ取るように努めたい。

 

・全体として、景気は高水準だが方向感を欠く展開
景気の水準自体は決して低くない。サラリーマンとしては給料が上がらないため、景気回復を実感しづらいが、短観の示唆する景気の水準は、好景気と呼ぶに相応しい。日銀がインフレ率2%を目標としていなければ、金融緩和の終了が視野に入っていたかもしれないレベルである。
もっとも、景気の回復力は弱く、方向感を欠いた展開となっているため、財政金融政策により景気の後退を防ぐ努力は必要であろう。景気は水準よりも方向が重要であり、仮に景気が後退を始めるとして、それから回復させるよりも、景気の方向が定まらない時に景気を拡大させる方が、はるかに楽だからである。

 

・業況判断DIは、方向感を欠いた景気状況を示唆
業況判断DIは、水準としては決して悪く無い。特に、円高の影響を受けにくい非製造業は、リーマン・ショック前の好況時を上回る水準にあり、中でも企業規模別に中堅企業、中小企業の水準がリーマン・ショック前を上回っていることが景気の広がりとして注目される。
最近の方向としては、緩やかに低下しているが、さほど急激な低下とはなっておらず、経常利益の減少を映じたものと推測される。単に利益が減っているというだけであれば、経済活動の活発さが失われつつあるとは言えず、景気が後退し始めていると考える必要は無い。業況判断DIが示唆する景気は、「方向感を欠く」といったところであろう。
ここで注意を要するのは、企業収益は企業経営者や株式投資家にとっては極めて重要な事項であるが、景気を考える上では「数多くの判断材料の一つ」に過ぎないという事である。特に最近では、「企業が儲かっているから設備投資が増える」といったメカニズムが働きにくくなっており、企業収益を見る事が景気予測に必要不可欠と言えなくなりつつある事には御留意いただきたい。

 

・国内での製商品・サービス需給判断は高水準横這い
経済活動の活発さを映じた指標としては、「国内での製商品・サービス需給判断DI」がリーマン・ショック前の好況時とほぼ同水準にある事が注目される。ただ、当該DIも方向としては概ね横這いであり(非製造業がわずかに低下しているが、過去の変化幅と比べれば気にする事ではなさそうである)、景気の方向感が乏しい事を示唆している。
ちなみに、DI自体はマイナス(供給超過)であるが、これはアンケート調査の癖であるため、気にする必要は無い。何と言っても、あのバブル期の大企業製造業でさえもゼロ近傍であったわけで、日本企業がこの手のアンケートに「困った」と回答する性癖がある事が読み取れよう。本稿では、こうした性癖を「嘆き癖」と呼ぶことにする。

 

・設備投資は「そこそこ」の水準
設備投資は、景気を見る上で極めて重要である。景気が良ければ設備投資が増え、設備投資が増えると設備機械等の生産が増えて景気が一層拡大する、という好循環(景気後退時は悪循環)のキモだからである。
その肝心な設備投資であるが、これも「そこそこ」である。過去5回の9月時点での設備投資の前年度比増加率(計画)と比較すると、大企業も中小企業も、概ね平均的なレベルとなっている。
生産・営業用設備判断DIが製造業、非製造業ともに低水準にある(嘆き癖を勘案すれば、不足気味であると判断される)こと、雇用人員判断DIが大幅なマイナス(人手不足)となっている事を考えれば、能力増強投資も省力化投資も増加すると期待される所であるが、現在までのところ、設備投資が大幅に増えるという回答とはなっていない。

 

・労働力不足は深刻。唯一景気改善の持続を示唆
労働力不足が深刻であることは、短観からも明確に読み取れる。雇用人員判断が大幅なマイナス(不足超)なのである。これは、景気の水準が好調であることを示唆するものであり、方向としても不足超幅が拡大しつつある。
他の指標が景気の方向感の無さを示唆している中で、ほぼ唯一、雇用関係だけは景気が改善を続けていることを示唆しているわけである。

 

・金融の緩和は末端まで行き渡っている
日銀の金融緩和は、末端まで行き渡っている。企業の資金繰り判断DIは、史上最高レベルの「楽である」超に近づきつつあり、中小企業でさえも資金繰りが楽だと感じている。金融機関の貸出態度判断DIも相当の高水準の「緩い」超となっている。
問題は、それが実際の借り入れに結びついていない事である。上記のように、設備投資が増加する要因は揃っているように思われる中、実際に企業が借り入れを増やして設備投資を行なうのか否か、注目されるところである。

 

・販売価格判断は仕入れ価格判断を常に下回る(おまけ)
最後に、おまけを一つ。販売価格判断DI(上昇マイナス下落)は、仕入れ価格判断DI(同)を常に下回っている。予測ではなく実績に関する判断が、である。これは、如何に企業の嘆き癖が強いかを如実に物語っている。
もしも本当に、何十年もの間、企業の販売価格上昇率が仕入れ価格上昇率を下回り続けているのだとしたら、今頃は、日本中の企業が倒産しているであろう。そんな筈は無いのであって、嘆き癖のなせる技であることは明確である。
そう考えると、業況判断DIが小幅ながらプラスであるという事は、強固な嘆き癖の分を組み戻せば、実はかなり大幅なプラスであると推測される。これは素晴らしいことである。
「景気は気から」と言われるが、本稿の読者が少しでも「景気は良いのだ」という認識を持ち、明るい気分で経済活動に取り組んでいただければ幸いである。
(TIW経済レポート 10月3日より転載)
TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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