企業の現預金の適正水準について考える

2021/09/21

■日本企業は現預金を持ちすぎている
■現預金を持つコストは倒産を予防する「保険料」
■投資家の考える現預金の適正水準は相当低いはず
■日本経済のためには現預金を多めに持つべき
■経営者がどう判断するか、難しいところ
■投資家が極端に利益を追求すると悲惨な結末になるかも

(本文)
■日本企業は現預金を持ちすぎている
日本企業は巨額の現預金を持っている。おそらく適正水準を大幅に上回っているのだろう。もっとも、借入金利が低く、現預金で借金を返しても支払い金利はそれほど減らないはずだから、目鯨を立てるような事ではないと筆者は考えているが。

バブル崩壊後の長期低迷期に投資機会が乏しかった企業は、利益のうちで配当しなかった分を現預金に積み増してきたのだろう。更新投資の費用は減価償却で賄えるので、新規投資が出なければ現預金が積み上がるわけだ。

銀行への返済も考えただろうが、銀行からは「返済されると我々の商売がなくなってしまう」と懇願されたに違いない。それならば、金利も低いことだし、銀行との今後の長い付き合いの事も考えて、返済せずに現預金に積み上げておこう、と考えた企業が多かったのではなかろうか。

■現預金を持つコストは倒産を予防する「保険料」
では、上記の銀行との付き合いの分を除いた現預金の適正水準はどう考えれば良いのだろうか。まずは、日常の取引に必要な資金であろうが、それに加えて万が一の場合に資金繰り倒産しなくて済むための現預金が必要だろう。

現預金を減らせば支払金利が減るのだろうが、それは倒産を防ぐためのコストとして「保険料」と考えれば良いだろう。そして、今は「保険料率」が安いので、少し余裕を持って多めに保険に加入しておいても良いだろう。

理屈は以上であるが、どの程度の保険に入るべきか、という点については、様々な考え方がある。立場によっても主張は当然に変わってくるはずだ。

■投資家の考える現預金の適正水準は相当低いはず
投資家は、企業が倒産しても失うものは多くない。自分が株式購入のために購入した代金を失うだけである。したがって、投資家は企業の倒産をそれほど恐れていない。

したがって、こう考えるはずだ。「企業は現預金を使って設備投資をして儲けるべきだ。投資機会が無いなら、銀行に借金を返済して金利負担を減らすべきだ」「しかし、我々投資家にとって更に望ましいのは、現預金を使って配当を増やしたり自社株買いによって株価を上昇させたりすることだ」と。

配当が増えれば、投資家は投資した金の一部を回収できるから、万が一の場合の被害が減るわけだ。そうなれば、現預金が減っても倒産しないことを期待して、将来の配当を楽しみに待つことができるだろう。

あるいは株価が上昇すれば、売るか否かは別として、投資家にとっては大変結構な事に違いない。たとえば株価が2倍になった所で半分売ることにしよう。そうすれば、残りの株の分は丸儲けだからである。

■日本経済のためには現預金を多めに持つべき
筆者は、日本経済にとって何が望ましいのかを常々考えている。その立場からすると、現預金を減らすことで企業の倒産リスクが高まるのは誠に望ましく無い。従って、企業が現預金を多めに持って倒産確率を大幅に下げる事が望ましいと考えている。

企業が倒産すると、返済できなかった借金は銀行の損失となる。従業員は失業して路頭に迷いかねない。彼らが給料がもらえなくなるので、消費をしなくなり、景気に悪影響が生じるに違いない。

納入業者は納入先を失うのみならず、売掛金が回収できなくなるかも知れない。顧客も、お気に入りの商品が買えなくなって困るかも知れない。悪くすると、銀行の損失が膨らんで金融危機が発生するかも知れない。

こうした事が起きないように、筆者としては企業に多めの現預金を持っていてもらいたいと考えているわけだ。

■経営者がどう判断するか、難しいところ
問題は、経営者が日本経済の事を考えて意思決定をするわけではない、という事である。彼らは、従業員の雇用を守ることと株主に報いること、それから自分の身を守る事を考えるはずだ。

経営者自身の保身については、会社が潰れては困るので従業員の雇用を守る目的と共に現預金を多めに持つインセンティブとなるはずである。もっとも、後述のような極端なケースは別であるが。

バブル期までの経営者は、企業は従業員の共同体と言われていたように、従業員のことを考えて株主のことはあまり考えていなかった。しかしその後、企業は株主が金儲けのために作った道具であるといった米国流の考え方が流行るようになり、経営者は両方のバランスをとる事を求められているわけである。

■投資家が極端に利益を追求すると悲惨な結末になるかも
以下では、極端なケースとして投資家が自分たちの利益を徹底的に追求した場合に何が起きるのかを考えてみよう。

投資家たちは、株主総会で金儲けの上手な人を社長に選び、言うだろう。「しっかり儲けて株価を上げてくれ。株価が上がったら、巨額のボーナスを払うから」と。

社長は懸命に稼いで現預金を積み上げ、それを使って自社株を買い戻すであろう。自社株を買い戻せば企業の利益を少ない株数で分け合うことになるので一株あたりの利益が増え、株価が上がり、社長は巨額のボーナスを手にする事ができるからだ。

自社株の買い戻しに使ってしまったために現預金が減ってしまい、翌期に会社が倒産して社長が失業してしまうかも知れないが、巨額のボーナスを受け取った後であるから、全く気にならないはずだ。

投資家たちも、持ち株の半分売却で投資額は回収済であるから、会社が存続すればラッキーだが倒産しても損するわけではない、という気楽な立場にあるわけだ。

というわけで、投資家が極端に利益を追求すると、銀行や従業員や日本経済を犠牲にして投資家だけが儲ける、という事になりかねないのである。筆者としては、そうした会社が増えないことを望むばかりである。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(9月17日付レポートより転載)

TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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