企業の現預金に課税すると何が起きるか考えてみた

2021/09/13

■高市議員が企業の現預金への課税を検討か

■現預金は悪ではないので、処罰的な意味は無いはず

■現預金課税を回避するのは難しくないはず

■現預金課税で賃上げや設備投資は誘導できるのか

(本文)

■高市議員が企業の現預金への課税を検討か

自民党の総裁選挙に立候補を表明している高市早苗議員は、企業の現預金に課税する案を検討しているようだ。本稿は、仮にそれが実現した場合に何が起きるのか、予想してみようというものである。

高市議員を支持する意図も批判する意図もなく、あくまで一般論として、現預金課税の影響について考えてみよう、という事である。そもそも、本稿が総裁選挙の結果に影響する筈もないが(笑)。

内部留保に課税せよという論者は多いが、内部留保よりもむしろ現預金に課税すべき、という考え方は、もちろん可能である。その目的としては、「財政再建のために増税が必要だから、財源の一つとして現預金に増税しよう」「現預金に課税することで、現預金を設備投資や賃上げに使わせよう」といったところであろう。

ただ、増税により財政再建という点についての議論を始めるとキリがないので、本稿では現預金課税と同額を消費税減税(あるいは消費税増税の回避)に充てるという事で考えたい。そうでないと、本稿が「不況期に増税するな」という筆者のアジ演説になってしまうからである(笑)。

■現預金は悪ではないので、処罰的な意味は無いはず

「現預金は収益を生まないのだからROAやROEを押し下げる要因であり、過大な現預金保有は悪である」という論者は少なくない。しかし、何をもって過大と理解するのかは、現預金を持っていることのコスト、倒産回避の目的をどれくらい重視するか、等によって異なってくる。

借入金利がゼロであれば、借入を増やして現預金を積み増してもROEは低下しない。ということは、借入金利が極めて低い現在は、現預金を持っている事のコストは極めて小さく、現預金がROEを押し下げていると目クジラを立てて批判するほどの影響は無いのである。

投資機会があるのに企業が投資をせずに現預金を積み上げている、というのであれば非難に値するだろうが(機会費用というコストであるとの主張)、今は投資機会が乏しいから企業が投資をしていないのだ、というのが筆者の認識である。

倒産可能性については、筆者と多くの投資家で見解が異なっているようだ。投資家は、ROEを高めるためなら倒産可能性が高まっても仕方ない、と考えがちであるが、筆者はそう考えていない。

産しても投資家は出資額しか損しないが、日本経済には甚大な影響が生じかねないので、倒産可能性が高まってもROEを高めるという行為は、投資家のために日本経済の利益を犠牲にしかねないのである。この点については別の機会に論じることとしたい。

■現預金課税を回避するのは難しくないはず

現預金に課税すると、企業が現預金残高を減らそうとするのは当然であろうが、それは賃上げや設備投資を増やすことよりも長期国債の購入や借金の返済によって実現されるだろう。

企業が最初に行なうのは、現預金を用いて満期まで保有するつもりで長期国債を購入する事ではないだろうか。そうすれば、貸借対照表上は固定資産という事になり、現預金課税の対象から外れるからである。

企業が現預金を大量に持っているのは、万が一資金繰りに困った時のための用心であろうから、満期まで保有するつもりで国債を買って持っていれば良いだろう。

万が一資金繰りに困った時には、満期まで持っている予定だった長期国債を予定変更して売却すれば良いわけだ。買収したい会社が見つかったり、設備投資をしたくなったりした場合も同様である。

長期国債購入と平行して行なうのは、借入と現預金の両建て部分を解消することであろう。現預金を用いて借り入れを返済するわけである。もっとも、日常の資金繰りに現金は必要であるし、万が一の時に資金繰り倒産をしないためにも、ある程度の現預金は維持するであろう。これは重要な事である。企業が課税されても現預金を持つのは必要だからなのである。

■現預金課税で賃上げや設備投資は誘導できるのか

そもそも現預金に課税されたからと言って、現預金を使って賃上げや設備投資をしようという事にはならないだろう。今持っている現預金は必要なものであるから、賃上げや設備投資が必要ならば、現預金を使うのではなく、新たに借金をするはずなのである。

それ以前の問題として、現預金を減らすために賃上げをする事はあり得ない。100万円の現預金を使って賃上げすれば、利益は100万円減るのに、100万円の現預金を減らしても納税額は数万円しか減らないのだから、企業にとってインセンティブが無いのだ。

設備投資はまだ可能性がある。利益率マイナス1%の設備投資をすることで現預金が減り、その数%分だけ納税額が減るならば、インセンティブとなり得るからである。しかし、そうやって無理に現預金を減らさなくても、上記のように長期国債を購入したり借金を返済したりすれば良いのであれば、赤字見込みの設備投資をする企業は稀であろう。

上記を総合的に判断すれば、現預金課税に賃上げや設備投資を期待するのは無理であり、あまりセンスの良い増税案とは言えそうも無い。もっとも、内部留保に課税しようという暴論と比べれば、はるかにマシであることは疑いないところである。内部留保を使って賃上げや設備投資をする事はそもそも不可能だが、現預金を使えば可能ではあるわけだから(笑)。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(9月10日付レポートより転載)

 

TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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