米労働市場の「スラック」がFRBの政策判断に与える影響

2015/06/05

市川レポート(No.86) 米労働市場の「スラック」がFRBの政策判断に与える影響

  • 米国ではここ数年、GDPギャップの縮小以上に失業率が大きく改善している。
  • 依然「スラック」が残るため、イエレン議長は労働市場に慎重な見方を維持。
  • しかしながら労働市場の「スラック」は必ずしも利上げの妨げにならない可能性。

 

米国ではここ数年、GDPギャップの縮小以上に失業率が大きく改善している

 米国の失業率は金融危機後の2009年10月に10.0%まで上昇しましたが、その後は改善に向かい、2015年4月には5.4%まで低下しています。米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーが予想する長期の自然失業率(経済が均衡状態にある場合の失業率)は、3月時点で5.0%~5.2%でしたので、失業率はこの水準にかなり近づきつつあります。

 米国では、GDPギャップ(経済の需要と潜在的な供給力の差)が約2%縮小すると、失業率と自然失業率とのかい離が1%縮小するという、オークンの法則に沿った安定的な関係があるとみられています。国際通貨基金(IMF)によれば2009年の米国のGDPギャップは約-5.1%でしたが、2015年は約-1.0%が見込まれています。ここ数年の失業率の推移を勘案すれば、米国では需給ギャップの縮小以上に失業率が大きく改善しており、両者の間にはオークンの法則による関係性がこのところやや薄れているように思われます。  

依然「スラック」が残るため、イエレン議長は労働市場に慎重な見方を維持

 なお米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長は、米国の雇用は失業率の低下が示すほど改善していないと考えており、労働市場に慎重な見方を維持しています。その理由は、米国の労働市場には「スラック(需給の緩み)」が残っており、失業率はその度合いを完全には捉えていないと判断しているからです。「スラック」とは、働く意思や能力があるにもかかわらず仕事がみつからない未活用の労働力が存在する状態のことです。イエレン議長は2014年3月31日の講演で、「スラック」が存在する具体例として、①700万人以上がパートタイマーとして働いていること、②失業率の改善が賃金上昇につながっていないこと、②6カ月以上の長期失業者比率が高いこと、④労働参加率が低下していることを挙げました。

 ①から④の長期的推移を示したものが図表1および図表2です。パートタイマーと6カ月以上の長期失業者比率は低下傾向にありますが、ともに金融危機前の水準を回復していません。また賃金の伸びや労働参加率についても目立った改善がみられていません。そのためイエレン議長が指摘した通り、失業率が低下するなかでも、労働市場には依然として「スラック」が存在していることが推測されます。

しかしながら労働市場の「スラック」は必ずしも利上げの妨げにならない可能性

 労働市場に残る「スラック」を考慮すれば、米国は利上げを急ぐ状況にはないと考えるのが妥当と思われます。しかしながらイエレン議長は2015年5月22日の講演で、「金融政策の決定から実体経済にその効果が表れるまで著しい時間差があるため、将来を見据えて政策決定をしなければならない」と述べ、「失業率や物価が目標に達するまで金融引き締めを遅らせると、景気過熱のリスクにつながりかねない」と明言しました。

 この言葉を額面通りに受け止めれば、将来的な景気過熱のリスクを回避する観点から、前述の①~④が大きく改善していなくても利上げはありうるということになります。つまり、労働市場のスラックは必ずしも利上げの妨げにはならないということです。とはいえスラックを残しての利上げは非常に難しい政策判断となります。引き続き早ければ9月のFOMCで利上げが決定されるとみていますが、利上げに際し、市場を十分納得させるだけの丁寧かつ高度なコミュニケーションがFRBには求められると思われます。

 150605 図表1150605 図表2

 (2015年6月5日)

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