「平成」とは、バブルの後始末の時代。ガラパゴス化で日本は世界標準に後塵

2018/12/18

平成30年の年末を迎えた。「平成」という元号は来年5月に変わるので、平成最後の年末である。今回は、平成がどのような時代だったか振り返ってみることにしよう。

 

「経済」の上で、平成はバブル及びその崩壊の歴史だった。バブルは大きいものが2つと小さいものが1つの合計3つあったが、それぞれ独特の影響を残した。政治的には権力の集中と離散のサイクルが1サイクル循環したように思う。生活と商品は「モノ」から「情報」に中心が変化した。そして、金融は自由化と効率化が進んだ分野と停滞が覆い隠せなくなった分野に分かれ、「まだら模様」の時代に見える。

順に見ていこう。

 

「バブル」の始末に追われた30年間。なぜ、日本は回復が遅れたのか

 

平成は、1989年に始まった。この年、昭和から引き継いだバブルを仕上げて平成が開幕する。年末に付けた日経平均株価の3万8915円の史上最高値は、投資家ならよくご存知の数字だろう。

 

日本のバブルは、1985年からの日銀の金融緩和、ブラックマンデーの後の財政拡張、「土地神話」と不動産開発融資の拡大、利回り保証などの違法行為を伴ったいわゆる「財テク」(企業の株式運用)、株価の高値を無理に正当化しようとした「Qレシオ」といった珍説など、マネーと欲望の膨張に不正を伴う逸脱行為など、典型的バブルが備える特徴を全て備えた世界に誇るべき(?)「完全なるバブル」だった。

 

崩壊後の金融システムの危機や不良債権問題なども含めて、このバブルの推移は研究に値する。サブプライム問題に端を発してリーマンショックから世界金融危機に至った後の世界的大バブルも、ほぼ同じパターンを辿ったと言っていいだろう。ただし、リーマンショック後の米欧は日本よりも経済政策を上手くやったので、回復が早かった。病気は同じだったが、医者の差が出た。

さて、平成2年目の、1990年の年初から坂道を転げ落ちるように株価が下落した。バブルの崩壊が始まったのだ。もっとも株価が下がっても経済には余熱が残っており、急に世の中が暗転した訳ではなかった。

 

バブルの象徴として語られることの多いかのジュリアナ東京の営業開始は1991年の5月である。振り返ってみると、宴が終わった後に二次会で大騒ぎをしたような案配だった。

 

後の教訓として、不動産価格と地価は株価が下落してしばらくしてから下落に転じたことを覚えておこう。

 

平成の残り2つのバブルは1990年代末から2000年にかけての「ネットバブル」と、2007年のサブプライム問題から始まって2008年のリーマンショックに至った「世界金融危機」のバブルの2つで、いずれも米国を中心とする外国の経済に日本経済が巻き込まれるように影響を受けた。

 

「米国が風邪を引くと、日本も必ず風邪を引く」ような経済構造は当面、已む(やむ)を得ないが、共に、平成初頭のバブル崩壊の影響を克服できない状況で巻き添えを食ったのでそれなりに痛手だった。

 

日本でバブルの克服に時間が掛かった理由は、経済政策的には、

(1)不良債権の認識と処理に時間を掛けすぎた

(2)金融緩和が不十分だった

(3)悪いタイミングでの消費税率引き上げなど財政政策が不適切だった

この3点に求められるだろう。経済政策にご興味のある方は研究してほしい。

 

加えて、民間経済も、

(1)「モノづくり」にこだわって「情報経済」で遅れを取った

(2)有能な人材が既存企業の居心地の良さに安住してリスクテイクに消極的だった

など、気が付いてみると日本のビジネスは先進国の世界標準に遅れを取る状況になっている。

今後巻き返すためには、企業も国も、研究開発と教育投資に他の先進国の5割増しくらいの比率でリソースを割くしかないはずなのだが、目下、そうした機運にはなっていない。

 

もっとも、個人が自分に教育投資する機会は大いに開かれているし、起業するのも転職するのも外国に行くのも自由だ。日本に居てヤル気のある個人は、周囲のペースに関係無く有効な「投資」を行えばいい。

 

政治:権力の集中と分解のサイクル。安倍政権が得たもの

 

政治の面で平成を振り返ると、昭和の自民党一党支配が崩れて、1994年に日本社会党の村山富市氏を首相とする自民・社会・さきがけの連立内閣ができたり、2008年に鳩山内閣の民主党政権ができるなど、既存の政治権力の分解が行われた。

 

政治の世界では、王政、封建制、資本主義、社会主義といった政治体制の違いは別として、政治権力の集中と分解が繰り返されているように思う。

 

生産と分配の仕組みとして政治を見ると、政治は、自由な取引やマーケットでは達成できない分配を達成するための仕組みだ。

 

そう考えると、

  1. 社会的な意思決定システムとしては権力を集中する方が効率はいいが、
  2. 権力を持つ側は半ば必然的に自分達のメリットを追求し、しかもメリットを受ける層が絞られていき、半ば必然的に腐敗が生まれ、メリットのない層の不満を買い、
  3. 既存の権力が革命や選挙などの方法で解体され新体制ができるが、
  4. 権力が離散した状況では社会的意思決定の効率が悪く、
  5. 再び政治権力の集中化が起こる、

といったサイクルを繰り返すことの理由が何となく分かる。

 

平成政治史の二大スターは、小沢一郎氏と小泉純一郎氏の二人だろう。小沢氏は政党再編と選挙を巡る「豪腕」で、小泉氏は「構造改革」を旗印にして、「自民党をぶっ壊す」(小泉氏の台詞)ことに貢献した。

 

平成は、昭和の自民党的なメリット配分を「政権交代」と「構造改革」で解体し、しかし、民主党政権があまりにもグズグズであったために、日本社会は第二次安倍政権に政治権力を託すようになった。

 

民主党政権が掲げた「モノからヒトへの資源配分の転換」、「脱官僚支配」などは一定の正当性を持っていたと筆者は考えるが、彼らにはあまりにも実務能力がなかった。

 

大きな省庁を、大臣・副大臣・政務官が数人乗り込んでいきなり支配しようとして上手く行くはずもなく、企業で言うなら大失敗したM&A(企業の買収・合併)のような惨状を呈した。民主党政権の失敗は、党内マネジメントも含めて、経営学的な失敗だったと筆者は思っている。

 

現在の第二次安倍政権にとって最大の政治的資産は「民主党政権時代はひどかった」という国民の記憶がまだ消えていないことだ。

 

経済:モノ作りへの固執でビジネス停滞。ネット化で生活の利便性は向上

 

平成の30年間を通じた日本の民間経済は、成長の期待にほとんど応えることができなかった。「成長見込みの下方修正」こそが、日本の株価が低迷した原因である。

 

大きな傾向として、「モノ作り」に過剰な自信を持ち、これにこだわったため、「情報」のビジネスに出遅れた。また、情報のやりとりが中心になる経済活動にあっては、ネットワークの効果によって収穫逓増が起こり、少数の強者が残る競争構造になるが、日本では情報ビジネスに対する巨大な投資は行われず、グローバルには中途半端なサイズの「大手電機メーカー」が数社割拠するような産業構造を温存した。

 

辛うじて大手自動車メーカーは国際的な存在感を持っているが、かつてはアップルが憧れたソニーの低迷などが象徴するように、日本のエレクトロニクス業界はその存在感を大きく低下させた。

 

平成の30年間の世界的なビジネス動向を振り返ると、前半はパソコンとマイクロソフト社の時代で、後半はスマートフォンとグーグル(アルファベット社)に象徴される時代とまとめられるだろうか。

 

日本の電機メーカーは、各社がコモディティ化が進む似たようなパソコンを作り、その後は「ガラパゴス携帯」のアダ花的隆盛があったものの、結局モノの世界にあってもモバイル・デバイスの美味しいところをアップルに取られて、今や部品製造の下請けとしてiPhoneの売り上げに一喜一憂するとことまで地位を下げた。

 

一方、国民の生活と共にビジネスも「ネット化」はそれなりに進んだ。アマゾンや楽天市場で買い物をすることは普通のことになり、他方で、実店舗を持つ書店やスーパーマーケット、百貨店などは退潮が著しい。日本の企業にとっていいことばかりではなかったが、平成の30年間を通じて、人々にとって生活の利便性や仕事の生産性が向上したのは事実だ。

 

また、2000年代初頭のネット・バブルの頃のIPO(株式の新規公開)などは、いかにも頼りなく軽薄に見えたが、会社を作って株式を公開することが容易になった。バブルにも時にいい面はある。このバブルの信用拡大はローンよりも株式性のものだったので、銀行の不良債権問題のような後遺症は大きく残らなかった。

 

しかし、2006年のいわゆるライブドア事件は、端的に言ってライブドアに象徴されるような風潮に対する社会と検察の嫉妬の混じった歪んだ正義感に基づく「やり過ぎ」であった。その後しばらくの間、新興市場はすっかり低調になってしまったし、日本人の「起業」への熱量の低下を招いた。

 

しかし、ライブドアの当時社長だった堀江貴文氏がロールモデルを見せた、(1)自分でビジネスを起こし株式を持ち

(2)ネットの技術と資本市場を上手く使うなら、

(3)「古い人」と既存の秩序に媚びを売らなくても大いに成功できる道がある、という思想とその手順はその後の世代に根付いたように思われる。彼は、ビジネス的に大成功した訳ではないが、ビジネス思想における「影響力」にあって平成を代表するビジネス人の一人だと筆者は評価している。

 

例えば、近年話題が多いZOZOの前澤友作氏などは堀江氏と共通のビジネス思想を持っているように思われる。

 

金融:日本版ビッグバンの功罪。手数料自由化と複雑化した金融商品

 

投資家に関係の深い金融ビジネスにとって平成はどのような時代だったか。

大きな現象は、バブル崩壊に伴う不良債権問題から起こった金融機関の倒産、合併といった業界再編と、日本版金融ビッグバン(1998年に行われた大規模な金融規制緩和)によるビジネスの変化の二つだった。

 

銀行は、大手銀行が経営統合して「大きくて潰せない」メガバンク化を目指す再編を金融当局の後押しの下に進めた一方で、地銀以下の中規模金融機関については、はっきり言って金融行政の手が十分回らなかった。

 

日本の銀行界は、銀行ビジネス自体の長期的な付加価値喪失と、金融緩和政策による短期的な収益低迷の効果の両方の効果で、半ば構造不況的な状況にある。長期的な要因については、かつてマイクロ・ソフトのビル・ゲイツ氏が「銀行の機能は将来も必要だが、銀行そのものはなくなっていくのではないか」と述べた言葉にほぼ近いレールの上に乗っている。

 

銀行の支店や行員、そして本店についても、急に全てがなくなることはなかろうが、携帯電話が普及した後の固定電話のように減って行くことになろう。銀行行政の「やり残し」の結果である現在の地銀業界を手始めに、平成の次の時代には本格的な苦境に陥る可能性が大きい。

 

日本にあっては、大銀行が金融界の中心だった。これに対するチャレンジャーとして可能性を見せたのは、バブル期の野村證券と、90年代の外資系金融機関だったが、野村證券は複数回の不祥事とその後の経営の保守化によって「普通の大きな証券会社」になってしまい、平成を通じて大銀行を脅かす存在ではなくなった。

 

通称「小田淵」こと田淵義久元社長が損失補填問題で1991年に国会に呼び出された辺りが分水嶺で、その後の経営がつまらなかったのではないか。少し残念な展開だった。

 

一方、外資系金融機関は、アジアの金融の中心地をシンガポール、香港に見定めて、日本市場に対する興味をすっかり低下させてしまった。

 

一方、「日本版ビッグバン」は投資家にとって大きな変化だった。

 

株式委託売買手数料の一段の自由化、銀行窓口による投資信託や保険販売の解禁、ネット証券の誕生、FX(外国為替証拠金取引)による為替取引の大衆化、個人向けのデリバティブ商品(いわゆる「仕組み商品」)販売の解禁など、様々な変化があった。

 

個人にとって意図も結果も良かった変化、意図は悪くなかったけれども必ずしも良い結果をもたらしていない変化、政策意図自体に間違いがあったのではないかという変化など様々だ。

 

筆者が一番良かったと思うものと、悪かったと思うものを挙げておこう。

手前味噌ながらネット証券ができて、投資家が支払う手数料を大幅に下げることができたことは良い変化の筆頭だろう。セールスマンと接触せずに証券・金融取引ができるようになったことのプラス効果も大きい。

 

他方、日本版金融ビッグバンで間違えたと思うのは、個人向けの仕組み商品の販売解禁だ。EB(他社株転換付き債券)や仕組預金などは、個人に売れていること自体が個人の商品に対する無理解を証拠立てるような、金融情報弱者を対象とした半ば詐欺的な金融商品であり、個人に販売することが不適当な代物だ。金融消費者からの苦情が多発しているのも已むを得ない。金融監督政策のミスの一つである。

 

予告:「平成資産運用史」について

 

平成の30年間は、運用ビジネスに関しても大きな変化がいくつかあった。機関投資家の世界では企業年金に意外に大きな変化があった。個人の資産運用では、他分配型投資信託の隆盛のような残念な変化だと筆者が思うものもあったし、一部にはインデックス・ファンドやETF(上場型投資信託)の普及のような好ましいものもあった。

 

また、平成30年に登場したつみたてNISAはインデックス・ファンドの手数料引き下げ競争を喚起する効果があり、リテラシーの高い投資家にとっては喜ばしい変化をもたらした。まだ小さいけれども、良い変化だった。

 

また、運用技術の面では、昭和的な証券会社のシナリオ営業から、モダン・ポートフォリオ理論や金融工学の普及、後には行動ファイナンスの応用など、理論・実務両面で変化があったし、運用の業態としても、ヘッジファンド、独立系投信、ロボアドバイザーなど、質に関しては玉石混淆だとしても、それなりの変化があった。

 

投資家にとっては興味深いテーマであろうから、平成時代の資産運用については、いずれ稿を改めて少し詳しく書いて見ることにする。ご期待いただきたい。

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