財政検証の読み方をズバリ解説。甘い期待は危険、若年層は辛めの覚悟を!

2019/09/03

 

報道による印象のちがい

 827日に5年に一度行われる公的年金の財政検証の結果が発表された。通例なら6月に発表されていたので、参議院選挙の前の発表を避けたのではないかといった憶測があるが、本稿では論じない。公的年金について個人はどう考えたらいいのかに集中しよう。

 今回の財政検証に対する報道は、同じ対象に対して大きく反応が分かれた。

 以下の写真は、「読売新聞」、「朝日新聞」、「日本経済新聞」の828日朝刊の見出しだ。

828日、朝刊3紙の一面トップ見出し】

「読売新聞」は、経済が順調な場合に、将来、公的年金が現役世代の収入の5割以上を確保できると、政府が最初に述べたいであろう結果を見出しにした。

他方、「朝日新聞」は、財政検証が前回よりも改善していないことと、将来の年金支給額が2割減ることを強調した。読売新聞とは随分印象が違うが、所得代替率(注:後で説明します)は現状が61.7%で、これが最も楽観的な経済見通しの下でも将来51.9%に(令和28年に)下がって下げ止まるということなので、朝日新聞もおおよそ同じ結果を違った印象で伝えているにすぎない。

一方、日本経済新聞は、現在20歳の人が、将来、現在の65歳と同じだけの公的年金を受け取ろうとする場合、68歳(正確には68歳9カ月)まで年金の受給開始を繰り下げる必要があると表した。公的年金は、支給開始を1カ月繰り下げると0.7%ずつ支給額が増える(現状では70歳まで繰り下げられる)。随分捻った伝え方だが、若者は将来、現在の高齢者よりも長く働いて遅く年金を貰い始めないと辻褄が合わなくなることを伝えている点で「アドバイスとして受け取るなら」参考になる見出しの打ち方だと言える。

多くの記事と同様に、どの新聞も官庁の同じ発表を伝えている訳だが、同じ話でも伝え方によって印象が大きく変わることのサンプルとして印象的だ。

「所得代替率」に問題あり!

ところで、将来の年金支給水準を評価する尺度として報道に登場する「所得代替率」だが、これが50%を維持することを以て、読売の見出しのように、「現役収入の5割維持」と思って生活設計を考えることには少なからぬ問題がある。

お時間のある方は、パソコンかスマートフォンで「所得代替率、長妻、塩崎」とでもAND検索をしてみて欲しい。2016年10月の衆議院厚労部会で行われた長妻昭議員と当時の厚労大臣だった塩崎恭久氏のやり取りを報じる「朝日新聞」の記事が見つかるはずだ。

この記事には、厚労省の抗議によって後で訂正が入っているが、記事からは、所得代替率が、年金支給額については税金や社会保険料を差し引いていない「名目額」であり、これを税金と社会保険料を差し引いた現役世代の「手取り」の所得で割り算して求められていることが分かる。

記事には、2013年度の所得代替率は62.6%だが、年金支給額を税金と社会保険料を差し引いた「手取り」で計算すると、53.9%になると書いている。「名目年金額÷現役手取り所得」の所得代替率の約0.86倍だ。

法律で決めた所得代替率は「名目年金額÷現役手取り所得」でいいので、当初「不適切な計算方式を使い、現役世代の平均的な収入に対する年金額の割合(所得代替率)が高く算出されるようになっていた」と書いた朝日新聞は記事の訂正に追い込まれたのだが、生活者としては、年金支給額を手取りで見た現役世代の所得との比較で考える方が、より現実的だ。法律はともかく、生活設計を考える上では、どう見ても「名目額」よりも「手取り額」を基本に考えるべきだ。

財政検証では、経済前提の違いによって異なる所得代替率が示されているが、これらの数値を「手取り」に換算するためには、相当の割引が必要なのだ。

倍率は将来の税制や社会保険制度によって変化するが、取りあえず「0.86倍」くらいを考えておこう。

つまり、所得代替率50%という数字を、「手取りベースでは」43%くらいに読み替えて将来を考えるのが妥当だということだ。

2016年当時のやりとりでは、所得代替率の定義について2019年に検討する可能性を厚労省は示唆しているが、今回、この点には触れられていない。

モデルケースが、今や多数派ではない「サラリーマンの夫と専業主婦の家計」であることも生活設計を考える上で不都合だし、経済成長率(人口が減るのに、高い想定のケースが多い)や実質賃金上昇率が経済成長率よりもさらに高い(今後機械やAIに置き換えられる労働が多いのにこうなるのだろうか?)など、経済の前提条件についても、再考があっていいのではないか。

所得代替率の定義の見直しと共に、来年改めて財政検証のやり直しをするべきではないかと筆者は考えている。現在の定義とモデルケースの所得代替率が何%かという情報は、国民の生活設計と年金制度に対する納得性の検討の役に立たない。年金制度は、評価尺度も含めて見直すべき時期にある。

なお、年金に関する今後の制度の見直しだが、まず在職老齢年金制度の廃止と、確定拠出年金の掛け金支払い可能年齢の上限を70歳まで引き上げることの2つは、速やかに実行して欲しい。高齢者の労働参加のために是非必要だ。

加えて、名目額が減る場合でもマクロ経済スライド(人口の増減や平均寿命などの社会情勢に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組み)を実行することと、年金の支給開始年齢を引き上げる(まず自由度を拡大して、その後に標準の開始年齢を70歳程度まで引き上げる)ことを実行するといい。

その他、第三号被保険者(サラリーマンの妻)優遇の廃止が望ましいし、国民年金(含む基礎年金)を全て税金で負担するような低所得の若者対策を導入すべきだ、などなどの意見はあるのだが、実現性を考えると、前記の諸策から手を付けるといいのではないかと思っている。

公的年金、企業年金、個人の老後計画、運用リスクのちがい

財政検証から眺めると、公的年金の将来像に「明るい!」という印象は持てない人が多いかも知れないが、公的年金は、主として将来集める保険料や税金を将来の年金支給に回す仕組みなので(「賦課方式」という)、会社の倒産や運用に失敗した年金基金の解散のようにポッキリ折れてなくなるようなことが起こりにくい仕組みだ。現在、巨額の積立金を運用しているが、運用の成否の影響は実はそれほど大きなものではない。

「賃金の伸びくらいは積立金の運用利回りがないと、運用している意味がない」というくらいの意味から、賃金上昇率を上回る運用利回りを運用目標と考えることが多いが、仕組みとしては案外リスクに耐えられる。個人の運用に喩(たと)えると、大家族の子や孫が将来面倒を見てくれる見込みのある大人が、自分や一族の将来に備えて手持ちのお金を運用しているような感じだろうか。

もっとも、運用による損益が、年金加入者や国民全体にとって影響しない訳ではないし、政治的には大きく注目されるので、運用主体にとって「リスク」が気にならないわけではない。

これに対して、確定給付の企業年金は、一定の利回り(「予定利率」)を前提として設計されていて、拠出金と将来の支給額が紐付いているので、運用が予定利率をクリアできない場合、明確な不足が発生し、これが大きくなると年金基金の存亡に関わる。

企業年金の年金基金の場合、運用に失敗して財政的な不足が生じた場合に、母体企業が穴埋めをするルールが確立している。運用でどれだけリスクを取ることができるかの最終的な判断基準は、母体企業の財務の強さとリスク負担に対する意思だ。

思うに、企業年金の世界は、資産運用業界にあって運用の「標準」として長らく影響力を持っていた。

企業年金の運用常識は、アセットアロケーション(資産配分)を、積立金に対するパーセンテージで考えたり、将来の利回りをあてにして現在の支出を考えたりするような形で、個人の資産運用の考え方にも影響を与えているが(正直なところ筆者自身も強く影響を受けた)、個人の資産の管理と運用にあって、必ずしも適切でない面がある。もっと分かりやすい例では、パッシブ運用とアクティブ運用を組み合わせる「コア・サテライト運用」は、はっきり言って無駄な手間とコストが掛かる優れない運用方法だが、個人向けの運用で勧める向きもある。

個人の資産運用の場合、失敗した場合に、損や将来の不足を穴埋めしてくれる頼れる関係者がいない点が、リスク負担を考える上でなかなか厳しい。「将来の運用益をあてにして、今お金を使ってしまう」といった企業年金的なアプローチには危険が伴う。多くの場合、運用の利益が現実に出てから、支出の増額や貯蓄の減額を考えるような一種の保守性を持つことが好ましい。

もっとも、将来の生活を慎ましくすることに自信と覚悟があれば、他人に気兼ねせずに大きなリスクを取ることができる面が個人の運用にはある。

個人の場合、将来の年金収入の見込みも考えながら、あくまでも「自分の数字」を元に支出・貯蓄と運用の現実的で破綻しにくい計画を立てなければならない。今回は、将来の年金額について、「手取りベース」で現実的に考えることの重要性を強調しておく。若い人の公的年金は、「政府が見通す順調なケースの下であっても」現在の年金額から2割程度低下し、それはサラリーマンの夫に専業主婦の「モデル世帯」であっても手取りベースでは将来の現役世代の手取り収入のたぶん43~44%程度なのだ。実際にはもう少し厳しく見ておく方がいいかも知れない。

拙稿がいくらかでも読者のご参考になると幸いだ。

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