円高論に対する懐疑

2018/03/05

【ストラテジーブレティン(195号)】

 

円高はトレンドか、一過性か
急激な円高が進行している。昨年は108円から114円台のレンジで推移していたドル円レートが、2月はじめの米国株式の突然のクラッシュにより、世界的リスクオフムードが高まり、110円台から105円へと一気に5%の急騰となった。この円高が長期トレンドを示すものなのか、それとも一過性のものなのかが関心事となっている。

長期ドル循環は円高場面に入ったのか
円高論の最大の根拠は長期ドル循環の波動がすでにドル安局面に入っている、というものである。40年余りのドル循環を振り返ると、ドル高7年、ドル安10年がサイクルであり、それを当てはめれば、2011年から始まったドル高は2017年にドル安に転換したというわけであるである。しかし、ドルの長期循環を支配してきた主要因は米国経済事情と政策の優先順位であった。米国国内経済の充実期は、インフレ抑制、バブル警戒、対外投資促進に優先順位が置かれ、金融引き締め、ドル高が対応した(1978~1985年、1995~2001年、2011年以降)。逆に国内経済不振時には、景気てこ入れ、デフレ回避、輸出競争力強化に優先順位が置かれ、金融緩和とドル安が対置された(1973~1978年、1985~1995年、2001~2011年)。では現在の米国経済情勢と政策の優先順位はどうだろうか。米国経済が充実期であり、デフレよりはインフレのリスクが高く、資産バブル警戒にますます重点が置かれていることは明らかである。とすればドル高に筋があるということになる。今回のドル高の起点がいつかも重要である。2011年から2014年まではドル高といっても底這いに等しく、米国の超金融緩和(QE)の下でドルは歴史的安値水準で低迷していた。本格的にドル上昇が始まったのは、QE3が終わりFRBのバランスシート拡大が止まった2014年後半からである。事実上のドル高は始まってからまだ3年余りともいえるわけで、長期ドル安局面に入ったとする議論は説得力があるとは言えない。

なぜムニューシン米国財務長官はドル安歓迎発言をしたのか
むしろ市場参加者が注目しているのは、米国政府が貿易摩擦を強めドル安を志向しているのではないか、という事だろう。ムニューシン財務長官がダボス会議で突然ドル安が望ましいと発言し、市場を驚かせた。これをもって米国が保護主義に走り、通貨切り下げ競争の先陣を切るかのように受け止められたのである。しかしそうだろうか。米国は、今や必要物資の8~9割を輸入している。その大半は米国国内に全く供給力がない。つまり米国は他国と価格競争をほとんどしていないのである。ゆえに通貨切り下げが貿易収支を改善させるなどということは起きようもない。むしろドル安は米国の輸入単価を引き上げ、米国輸入額を増価させる。1980年代のレーガン時代には米国は必要物資の6割程度を国内生産しており、国内生産業者を支援するためのドル安政策は意味があったが、今は全く事情が違うのである。(ただ対中だけは通貨安(=人民元切り下げ阻止)を仕掛けているが、それは米中貿易摩擦において強い人民元維持がカギになるからである)。

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