アジアインフラ投資銀行問題の行方と含意、米国は屈辱からどう出るか?

2015/04/13

【ストラテジーブレティン(138号)】

目次
(1)覇権国米国の初めての屈辱
(2)中国のAIIB創設提案が成功した理由
(3)何故中国はAIIB創設を意図したのか
(4)米国の今後の対応、対中政策が大きく変わる可能性
(5)中国はAIIB設立の目的を達成できるか
(6)日本に対する影響を考える

ミラー
武者リサーチのミラーです。こんにちは。今回は、アジアインフラ投資銀行に51ヵ国・地域が参加した問題について考えてみたいと思います。米国がボイコットを呼びかけてきた中、欧州G7も参加するということで、大変意外な展開です。

(1)覇権国米国の初めての屈辱

武者
そうですね。今、非常に大きなホット・トピックはこのアジアインフラ投資銀行(AIIB)をどう考えるかということだと思います。ここまで世界各国が参加するということは誰もが想定できなかったことです。今回はAIIBの展開をどう理解すればいいのかということを少し考えてみたいと思います。

端的に言って、アメリカの中国に対する政策は、Engagementand Hedging、つまり関与と防御という二つの戦略を交互に活用しながら対応してきたと思います。このEngagementand Hedgingというアメリカの中国に対する対応の中で、中国が提唱したアジアインフラ投資銀行に対するアメリカの対応は、どちらかというとEngagementではなくて、Hedgeと言いますか、それはむしろ排除しようとする動きを当初から採っていたと思います。

ところがここに来て、アジア諸国だけでなく、何とG7の中でもヨーロッパの全ての国、アメリカの最も重要な同盟国であるイギリス、それからドイツ、フランス、イタリア。これらが全部参加する。何と、アメリカにとって更に重要な同盟国であるイスラエルまでもが参加するということで51ヵ国地域の参加が明らかになったことによって、中国を抑え込もうとするHedge政策は、見事に失敗したと言っていいと思います。これは、アメリカの外交にとっては大きな屈辱と思われます。アメリカのリーダーシップが損なわれ、中国の新たな秩序作りが成功したということによって、一見中国がずっと前からアメリカに求めていた新型の大国関係、つまり、アメリカと中国、2大大国、G2が世界の秩序を担うという主張――これまでアメリカはそれを認めてこなかった訳ですけれども、事実上それを認めざるを得ないという状況になってしまった。

(2)中国のAIIB創設提案が成功した理由

ミラー
これは歴史的な転換点ということでしょうか?米国の一極覇権の終わりと言いますか、そういうことなんでしょうか?

武者
そうですよね。これまではアメリカが世界の全てルール作りの中心にあり、アメリカの意向に沿って動いてきた訳です。このことをとってアメリカの一極支配の終わりとか、アメリカの衰退の始まり、中国の台頭の始まり、という風に世界の秩序そのものがこれをきっかけとして変わるのだという見方が出ているということは事実です。但し、私は、そのような見方は著しく的を外していると思います。恐らく今回のAIIBの中国のイニシアティブが成功したのには、二つの理由があったと思います。一つは、世界にそういう需要があったということです。しかし、既存のIMFや世銀体制は、そのような世界の需要に十分応えられていなかったということがあったと思います。具体的には、今世界は、膨大な資金余剰に悩んでいる訳です。ですから、ドイツも日本もアメリカも、世界主要国の長期金利は著しく低下しています。このようにお金が余っているという現実がある一方、もう一つの世界の問題は、需要が足りないということです。お金が余っているにも拘らず、IMFは世界の経済が需要不足によって長期低迷に陥るというリスクを指摘しています。従って、今世界に余っているお金を需要につなげることで世界の経済成長を押し上げるということが必要ですけれども、最も需要が強く存在している地域は何かというと、今大きく発展しているアジアにおけるインフラ投資です。従って、余っているお金をアジアのインフラ投資に振り向けることで、世界の経済成長を促進するという、この大きなフレームワークは極めて合理性のあることで、中国の提唱したアジアインフラ投資銀行は、そのようなニーズにピッタリはまる。これが第一に見事に成功した一つの背景だったと思います。

それからもう一つ、中国の試みが成功した背景には、アメリカのミス・マネジメント、アメリカの対応の悪さがあったと思います。アメリカは先ほどご説明したような、世界の余剰資金の活用という点で大きなボトルネックが存在していたにも関わらず、それをきちんと処理するという点で極めて消極的でした。既存の体制であるIMFや世銀を強化して、余剰資金をもっと新興国のインフラ投資に注入できるような対応をすべきだったと思われるわけですけれども、IMFや世銀の改革に最も消極的だったのはアメリカで、そのために新興国やヨーロッパ諸国、あるいは中国からは大きな不満が出ていたということも事実です。つまりアメリカは、自らの消極的な国際金融改革に対する態度の結果もたらされた苦水を、今飲まされているという様相もある訳です。従って、中国の今回のイニシアティブの意外な成功は、今考えてみると十分に理屈の通ったことであったと言えると思います。

(3)何故中国はAIIB創設を意図したのか

ミラー
なるほど。それでは、アジアインフラ投資銀行の設立の中国の狙いは、もちろんアメリカのそういった怠慢に付け込んだと思うんですけれど、その狙いは一体何でしょうか?

武者
やはり、中国にとってみれば、そのような国際経済と国際金融上の課題を中国が解決してやれるんだという大所高所があったということ以上に、中国の国内において、それが極めて必要であるという事情があったと思うのです。それは、まさしく中国こそが極めて多額な資本余剰と深刻な需要不足ということに直面している経済だからなんですね。中国は今や4兆ドルという世界最大の外貨準備を蓄えております。これまでの安い労働力によって競争力を強め、大幅な貿易黒字を積み上げた結果、外貨準備が4兆ドルという日本の4倍、世界最大の外貨準備を積み上げるところまで来ています。この外貨準備を有効に活用したい、これが中国の一つの事情としてあります。もう一つの中国の事情は、中国国内はこれまでの歪んだ成長の結果、著しい供給過剰体質になっているということです。今、中国の粗鋼生産は世界の半分の能力を持っておりますけれども、そのうちの3割以上が過剰能力だと言われています。このような粗鋼の過剰能力をフルに活用させるためには、どこかで需要を作っていかなければならないのですが、今や中国の国内では新たな需要が見当たらないというところまで来ているのです。

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例えば、これまでの中国の需要を引っ張ってきたものは、3つあった訳です。一つは大企業の設備投資です。しかし、この企業の設備投資はこれ以上増やせない。何故なら、今でも供給過剰ですから、これ以上供給力を増やすということは、不可能です。二つ目に、中国のこれまでの需要を作ってきた要素は壮大な不動産、住宅投資です。しかし、これも過剰投資が積み重なり、人が住むことのない非常に多くの高層住宅が林立しているということから明らかなように、これ以上の投資は無理です。そして、実際中国の住宅価格は下がり始め、中国の住宅・不動産投資も大幅にスローダウンしています。今中国で需要を引っ張っている唯一の柱は三つ目のインフラ投資だけなんですね。高速道路、あるいは高速鉄道などの投資は景気対策などのために、いまだに高い伸びが続いています。しかし、これも公共投資というのは政府の将来の負担になる訳ですから、だんだん息切れをしつつある。このように考えますと、中国は国内においてこの過剰な生産能力を吸収する手立ては、もうないのです。従って中国としては、余っている資金と、そして不足する需要、これを国内ではなく、グローバルな展開によって解消しようという風に考えるのは、極めて当然の成り行きだと思います。往々にして経済が大きな困難に立ち至り、供給力過剰と需要不足が顕在化すると、それをグローバル展開によって解消しようという動きは、歴史上何度か我々も経験したことだと思います。従って、中国としてはアジアインフラ投資銀行の他に色々なプランを打ち出しています。例えば、真珠の首飾り構想、つまり、太平洋からインド洋にずっと中国の影響力の及ぶ航路を作って、その全域を中国が開発し、中国のエネルギー安全保障の基盤を作ろうという構想があります。もう一つ中国が言っているのは、一帯一路構想、つまり現代版シルクロード構想。これによって中国から中央アジア、そして中東、ヨーロッパをつなぐ大きな経済の繁栄の帯を作っていこうということですね。このようにして、中国の外に投資対象を求めることによって、中国の国内の不均衡を解消しようという狙いも、またある訳です。中国からするとアジアインフラ投資銀行がアジア諸国あるいはヨーロッパ諸国の賛同を得て成立するということは、非常に大きな戦略上の成果ということで、誇らしげに思うのは当然だと思います。

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(4)米国の今後の対応、対中政策が大きく変わる可能性

ミラー
こういった場合ですね、米国は参加していない訳ですけど、どう対応して行くことになるのでしょうか?

武者
ここまで来ますと、アメリカもインフラ投資銀行を認めないと否定することはできないと思います。中国が提唱したアジアインフラ投資銀行を国際的な金融の枠組みの中に招き入れながら、これを適切にマネージするということにならざるを得ないと思います。恐らく日本もアメリカと共に今のところ参加していなけれども、最終的には参加していくことになり、投資銀行は中国主導の下で透明性を獲得するという形で、世界の機関として脱皮していくということになっていかざるを得ないのではないかと思います。しかし、そのような動きは、中国からしてみると痛し痒しという側面もあります。何故なら、中国は自分のところで余っている資本を使うことで、中国の国際社会におけるプレゼンスを高め、地政学的には中国の覇権的な立場を強化しようという狙いもある訳です。やや強く言ってしまえば、帝国主義的な野望というものを持っている訳です。このような中国の狙いが、ヨーロッパ諸国や日本、場合によってはアメリカが加わるとなると、これは色々な形でチェックが入って中国の思い通りには動かせなくなる。そうなると、中国はお金は出すけれども、思い通りに事が運ばないという意味での制約を受けるということはあり得る訳です。従って、アメリカとしては、もう既に流れができてしまった以上、それを拒否するということはできなく、それをむしろアメリカの望ましい方向に変えていこうという努力に転換せざるを得ないと思います。

しかし同時にアメリカは、このような事態をもたらしたアメリカの怠慢、つまり、IMFや世銀の改革ということに後ろ向きだったことを痛く反省して、それの再強化をしていくことになっていくと思います。これは、世界的に見て非常に望ましい動きです。

三つ目に想定されるアメリカの対応は、より一層ヘッジングを強めるということだと思います。ちょっと高を括って怠慢している間に、中国のプレゼンスが著しく高まったことによって、アメリカが感じる衝撃は非常に大きいと思います。このまま中国の台頭を容認していけば、やがてはアメリカが望ましくないと思う形での中国のプレゼンスの増大ということも起こり得る訳です。つまり、中国が民主化することで世界の市民権を得ていくことは望ましいことですけど、共産党一党独裁であり、尚且つ、中国国内においては、最近思想統制が大きく強化されています。今では中国の大学は、マルクス主義という中国の思想工作を行う前衛であるということまで言われ、学問を中国の国家の理念であるマルクス主義に従属するというような主張も見られ始めている。そのような中国が、国際社会の中で、プレゼンスを高めるということは、世界の民主主義にとって非常に大きな脅威になるという可能性もあります。アメリカとしては、中国の野放図な台頭を抑止するということに大きな意を払う必要が出てくると思います。しかも、中国は経済的には世界の中で、協調を強めているとしても、軍事的には南沙諸島では様々な係争中の島を占有して、軍事基地などを建設するというように、想像できないほどのアグレッシブな対応をしている訳です。アメリカはこのまま中国の膨張を容認していけば、やがては台湾、これは中国の核心的な利益であるから、アメリカは台湾から手を引くべきだということになるでしょうし、その延長線上で、アジア全域は中国の影響下に入ることになります。アメリカはハワイまでそれ以西は中国というような、まさしく習近平主席がかつて太平洋をアメリカと中国で二分しようというようなことを言った、そのことが現実のものとなる訳ですね。これをアメリカは容認することは到底できない。ということは、一方でアジアインフラ投資銀行の現実を容認しつつも、より強力に中国を封じ込めにかかるということが起こり得る展開だと思うのです。

何と言っても今の中国の経済発展はかなりの程度、アメリカからの親切なサポートによって支えられているという要素がありますよね。様々な技術の導入、アメリカを始めとした世界の市場に対するアクセス、これらはアメリカやヨーロッパが中国は民主主義である、市場経済の国であるということを、一応、期待して受け入れた新しいフレームワーク、土台です。よって、中国が自ら変わらないままに、その恩恵だけを享受する、場合によっては知的財産権や法治制度、民主主義、人権問題などを全く改善しないままに、世界の中でプレゼンスを上げていくということに対しては、当然のこととして大きな抵抗が出てくる訳です。恐らくアメリカは、そのような中国の一方的な増長、求めることだけは求めるが自らは変わらない、という増長の仕方に歯止めをかけるために、色々な手立てを打ってくる可能性が強いと思います。まず、軍事的に中国のこれ以上の膨張を認めないという強い態度に出る可能性があります。それから、知的財産権、法治制度、あるいは中国が起こしているとみられるサイバー攻撃、サイバー空間を通じたスパイ活動、これらに対して非常に強いチェックを入れてくることは避けられないと思います。そうなると、一見中国の成功とみられるアジアインフラ投資銀行の設立というのは、アメリカの対中戦略を大きく変えてしまうこともあり得るということを視野に置いておく必要があるのではないかと思います。

(5)中国はAIIB設立の目的を達成できるか

ミラー
今、アメリカは一層ヘッジを強めていくということをおっしゃったのですけれど、そういった中で中国の意図、アジアインフラ投資銀行設立の狙いは成功するのでしょうか?

武者
私は残念ながら、中国の意図は成功しないと思います。中国はイニシアティブによって、世界の共有財産である基金を作ることはできるでしょう。しかし、それが中国の狙いである、中国の国内経済の矛盾の解消、あるいは中国のグローバルな地政学的プレゼンスの上昇ということに結び付くかというと、そうならない可能性が極めて大きいと思います。それはどういうことかというと、第一に、中国のやや国益重視のグローバルな展開というのは、色々なところでほころびが出ているんですね。一番いい例は、ミャンマーですよね。中国は雲南省からミャンマーまでの大きなパイプラインや、鉄道、高速道路を造ることで、あの地域一帯を開発し、その盟主に座ろうとしていた訳です。しかし、ミャンマーの民主化によって、このような中国主導のミャンマーのパイプラインや鉄道の建設は完全にストップしたままです。そして、今やミャンマーに対しては、日本やアメリカという民主主義国の援助によって国の建設が進められようになっている。中国のミャンマーに対する取り込み戦略は失敗したと言っていいですよね。同じような例は、スリランカでも起こっています。中国との関係を強化し、経済発展の戦略をとっていたスリランカの前の政権が挫折、選挙で負けて、中国に対して距離を置く新たな政権ができ、その政権はむしろアメリカやインド、日本、ヨーロッパなどの民主主義国に近寄っていくというバランスのとれた政策に変わろうとしている。これも中国のスリランカに対するアプローチが、汚職だとか、あるいは国内の環境問題などによって、スリランカの国民の反発を招いた結果です。つまり、中国の国益だけをベースとした中国の進出というのは、現地において恩恵をもたらすどころか、反発を招いているということが様々な事柄から浮かび上がっています。そうなると、中国の過剰な供給力の掃き出し口として、自分の周りの国を使うという自己都合の海外展開は、軌道修正せざるを得ないということにいずれなってくると思います。

第二の問題は、中国の今の国内経済の問題は、グローバル展開することで解決できる問題かどうかということです。何故かというと、今の中国の問題の最大の鍵は、投資と消費のアンバランスということにあるのです。つまり、経済発展の結果生まれた余剰を投資に振り向け、投資によって更に供給力を強める。そして、投資に関わっている政府部門や役人、あるいは大企業、国有企業が恩恵に預かるというフレームワークによって、益々供給力が増え、他方で需要はあまり増えないので資金余剰が高まるということが起こる訳です。この問題を解決するには、投資主導から消費主導の経済に変え、国内の人々の生活水準を押し上げることで需要を作っていくというような政策の軸の大転換が必要なのです。

端的に言うと、労働分配率を引き上げることで国内の需要を増やす、消費を増やすということが必要なのです。しかし、今の中国のやり方というのは、国内の需要構造を変えるということではなくて、供給力の余剰を海外に吐き出すという政策ですから、成功しうる政策とは言えないと思います。中国の国内の経済困難はより深刻化していく可能性が強いのです。ミラーさんのさきほどのご質問でアジアインフラ投資銀行の設立が、結局はアメリカの覇権の衰退と中国の台頭をもたらすのではないかと仰っていました。しかし現実は全く逆で、今の世界経済の中でアメリカ経済が極めて好調でひとり勝ちの様相を強め、他方で中国は様々な問題から成長率がどんどん落ち込んで経済困難に陥っているという現実もある訳です。今の中国は、鉄道貨物輸送量、粗鋼生産量、電力の発電量あるいは貿易の輸入額などを見るといずれもマイナスのテリトリーです。中国経済はもはや成長できないというような困難な状況に差し掛かりつつある訳ですね。このような国内的困難を抱えて、グローバルに風呂敷を広げる現在の中国の対応が成功しうるとは到底思えないのです。

このように考えますと、アジアインフラ投資銀行の展開というのは、極めて複雑な要素を絡め合わせて持っているので、一面的にこの問題を捉え、アメリカの時代が終わるとか、アジアインフラ投資銀行にすぐにでも参加しなければいけないとか、短兵急に結論を急ぐ必要はないと思います。

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(6)日本に対する影響を考える

ミラー
日本はまだ、このアジアインフラ投資銀行に参加するかどうか決定していないのですが、日本に対する影響というのはあるのでしょうか?

武者
私はアジアインフラ投資銀行がどうなろうと、それそのものが日本に大きな影響を持つことはないと思います。恐らく、それによって一定のファイナンスが行われ、それによって一定の新興国への投資が起こり、それが日本の企業や日本経済の何がしかの需要に結び付くとしても、それはかなり限定的なものだと思います。それがないとしても日本企業に対する需要は存在する訳ですし、それそのものが日本経済に対して大きな影響を持つとは思われません。但し、最も重要なインプリケーションは、アメリカの世界戦略の大きな転換だと思います。アメリカはこれまで、先ほど申し上げましたように対中政策でEngagementand Hedge、つまり関与とヘッジ、抑止という二つの側面で対応してきた訳です。これまではEngagement、つまり中国を国際社会に招き入れる、中国の成長を世界の経済の成長のエンジンとするという形で、ややEngagementに大きく比重を置いた対応をしてきたと思います。しかし、ここまで来てしまうと、これまでのやや無防備な中国を国際社会に招き入れるという政策に反省が出てきているのは明らかです。中国そのものは、繰り返しになりますが、国内においては思想統制を強化しています。そしてまた、軍事的には対外膨張を強めています。これは、明らかに将来のアメリカと中国の衝突コースに中国が向かって進んでいるということです。早い時期にこれを抑止しないと、非常に深刻な事態に陥るという意識をアメリカのペンタゴンなどは高めていると思います。このように考えますと、アメリカはこれまでの過剰なEngagementを抑え、ヘッジを強めるということになります。そして、中国に対してヘッジを強めるということになると、最も重要な同盟国はやはり日本ということにならざるを得ないのです。今回のアジアインフラ投資銀行に対する対応を見ても、ヨーロッパ諸国は経済金融的な観点のみから、これに対して参加を表明している訳です。しかしアメリカが警戒を持っているのは、経済金融的な側面というよりはむしろ地政学、軍事的な側面です。この地政学、軍事的な側面からアメリカとの警戒心を共有している国は、アジアにおける日本、台湾、ベトナム、フィリピンなどの諸国なのです。このような国とのタイアップを強化することで、中国の膨張を抑止するというようにアメリカは重点を移さざるを得ないと思います。このようなことで、日米同盟はより一層強化される可能性が強まります。

今回5月に訪米する安倍首相は、日本の首相としては初めて上下両院の合同会議でスピーチするということになりました。このような破格の安倍首相に対するアメリカの対応は、アメリカが今の地政学的な局面において日本との同盟関係の強化を著しく必要としていることの表れであるということは明らかです。アジアインフラ投資銀行から引き起こされた一連の動きは、日米同盟を強化する方向に動かざるを得ないというのは明らで明白なトレンドだと思います。そして、これは日本経済と日本の株式に大きなポジティブな影響を与えるとみていいと思います。

ミラー
地政学というのは、ちょっと勉強不足なのですが、どういったことなのでしょうか?

武者
地政学というのは地理的、政治的、軍事的条件が世界の国の存亡を左右するという複雑な概念なんですけど、端的には経済だけではなくて、政治や軍事など、いわばパワーのバランスが世界の秩序を作っていくという考え方だと言っていいと思います。そして、そのような世界のパワーという観点から、日本の近代の歴史やマーケットを振り返ると非常に面白い事実も浮かび上がってくるのです。それはどういったことかと言いますと、近代の日本には二つの繁栄期がありました。そして株価もこの二つの繁栄期に大きく上昇しました。この二つの繁栄期は一体何かと言いますと、第一の繁栄期は1902年に締結された日英同盟から続く30年弱の繁栄期です。この1902年以降、何が起こったか、1905年には日露戦争が起き、日本の力強い経済発展が始まり、そして日本はアジアにおける列強の一つとして、唯一の帝国主義国として非常に大きな力を蓄えるに至った。その起点が1902年なんですね。つまり、1902年の日英同盟というのは、日本の近代化にとって決定的に重要な鍵になったのです。当時、世界の7つの海を支配しているイギリス、これは栄光ある孤立といって、どことも同盟を結んでいなかった。アメリカともイギリスは同盟していませんでした。そのイギリスが初めて同盟相手として選んだのが日本なのです。なぜ当時のイギリスが日本を同盟相手として認めたのか?それは南下するロシアに対する対抗策です。19世紀にに起きたクリミア戦争は南下するロシアがトルコと戦争をし、このトルコを支援するためにイギリスも参戦したというように、ロシアの南下政策、これが当時のイギリスの地政学的な大きな脅威でした。それをアジアから抑止するために日英同盟が必要であったのです。この日英同盟があったからこそ、日本は日露戦争に勝てた、そしてそれ以降の日本の飛躍が始まったと言っていいと思います。この日英同盟により、アジアの島国である日本が世界のプラチナ・ステータスの国に一気に飛躍しました。

二つ目の日本の飛躍はいつ起こったかと言いますと、1951年のサンフランシスコ講和条約。日米安保体制の出発から起こったと言っていいと思います。終戦後数年間、方向感が全く見えなかった日本がアメリカとの同盟関係によって国の骨格と経済を建設していくのだという方向が定まったからです。何故それが重要かと言いますと、まさしく1950年が冷戦の勃発だからです。第二次世界大戦が終わって暫くはアメリカと当時のソ連の蜜月時代が続いたのです。しかし、朝鮮戦争が起き、いよいよ東西冷戦が勃発するに至って、日本はアジアにおける自由主義の砦として、アメリカの非常に重要な足場となった訳です。アメリカの足場である日本を強化するために、アメリカは陰に陽に日本を経済的にも支援しました。そこから日本の戦後の発展が始まり、それがピークを打ったのは1990年です。1990年は一体どういう年かというと、その前の1989年はベルリンの壁が落ち、そしてその翌年の1991年にはソビエト連邦が崩壊するのです。つまり、アメリカと日本の共通の敵が消えたのが1990年前後である。アメリカはもはや地政学的観点から日本を支える必要がないということが起こったのも1990年です。その1990年に日本はバブルが崩壊し、経済の長期繁栄も終わった。このように日本の経済繁栄は、地政学的裏付け、バックグラウンドということと、極めて密接な関係があるということが、近代の日本の歴史を振り返ると明らかです。

さて、今起ころうとしている日米安保体制の強化、これは恐らく第三段目の日本の繁栄のバックグラウンドになる可能性が強いのではないかと思います。アメリカが今一番大きく反省している、調整しなければならないと思っているのは、中国の意外なスピードでの台頭。そして、日本の意外なスピードでの地盤沈下であると思います。この日本の地盤沈下と中国の台頭――これはやはり、アメリカの地政学的な配慮の結果もたらされた要素も強いのです。1990年、冷戦が終わって異常な経済の強さを誇った日本が、むしろアメリカの脅威の対象となって超円高やジャパン・バッシングで日本を叩いた。そして、今度は日本を叩く代わりに、韓国や日本の周辺諸国の経済基盤の向上を支えたことが、アジアにおけるパワーバランスを劇的に変えてしまったのは明らかです。このような反省に立って、再びアメリカは相対的に日本の経済的なプレゼンスを押し上げる地政学的な必要性を感じ始めていると言えます。ゆえに、アベノミクスが登場して以降、わずか2年間で日本の円は4割も下落をした訳です。かつてであれば、著しい円安をアメリカが容認するということは考えにくかったはずなのですが、今アメリカは全くそれに異を唱えていない。それはまさしく、アメリカの地政学的国益がシフトしたからと思われます。このように考えますと、アメリカの地政学的国益、それが日本の経済や市場の大きな土台に関わっているのが明らかです。このような観点からみると、アジアインフラ投資銀行が引き起こした地政学的な大きな波紋は、日本の経済と市場にも間接的に大きな影響を与えると言っていいのではないかと思います。

今、日本の株式市場はアベノミクスが始まって2倍以上に上昇し、この先、更に上昇するのだろうか。あるいはここで終わりなのだろうかという議論が高まっています。多くの人々は、ここまで上がったのだから、もう調整だろうと考えています。しかし、私はそうは思いません。むしろ、今申し上げましたような地政学的なバックグラウンドの下で、今の上昇相場は更に大きな歴史的相場へと繋がっていく可能性が強いと思います。日本の歴史を振り返りますと、特に大相場と言えるような相場というのは、値上がり幅に規則性があります。高度成長の前半、大相場が3回ありましたが、3つとも値上がり幅は5倍なのです。そして、高度成長の後半の大相場は、何と10倍です。このような歴史的大相場が今始まったとするならば、アベノミクスが始まってまだ2倍しか上昇していない今の日本の株価は、まだまだ上昇途上にあると言っていいと思います。このような株価のレベルは、かねてからご説明している通り、経済のファンダメンタルズ、株式のバリュエーション、そして適切な経済金融政策からも正当化されるのですが、今日は地政学的な観点から日本の株価を上昇させる基盤、条件が整っているのだということを申し上げました。

ミラー
本当に大きな視点からの意見だと思います。私も初めて聞きまして、びっくりしました。今後の方向、日本とアメリカの同盟の強化というところをよく見据えて、株価が上昇していくという期待を持ってマーケットを見ていきたいなと思います。

武者
そうですね。

ミラー/武者
ありがとうございました。

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