骨太方針批判の致命的弱点、「履歴効果」視点の欠如 ~まるでJoke 、日経新聞の骨太方針批判~
【ストラテジーブレティン(404号)】
“骨太ショック”論の異常性
6月30日に骨太の方針の原案が出されて3週間が経過するのに、いまだに閣議決定がなされていない。その間に日経新聞なとの主要メディアで、批判の洪水が展開されている。検討されている骨太の方針が、円安、金利上昇(骨太ショック)と言う市場の不安を掻き立てているという、鬼の首でも取ったような騒ぎである。特に日経新聞のあからさまな批判は目を疑う。7月18日はアベノミクスと黒田異次元金融緩和を批判し続けた大塚節雄編集員が登場し「異次元の補助金と夕張の闇」との長文コラムを執筆し、政府補助金で無謀な投資を続け財政破綻した夕張市と高市氏の成長戦略を同類だとみなし、円安と長期金利上昇という市場不安を引き起こしている、と主張している。
また7月20日には原田論説フェローがより直截に「減税撤回、利上げ加速を」との長文コラムで、高市政権の減税と利上げ抑制政策が円安と長期金利上昇と言う国力不安を引き起こしている、高市政権は政策を全面転換するべきだと、公平性を欠く議論を繰り広げている。日経新聞を日々の判断の拠り所としている多くのビジネスマン・経営者は、高市政権の政策の誤りは火を見るよりも明らか、と思うに違いない。武者リサーチはそのような批判は的外れと、声を大にして主張したい。
高市政権は日本の長期停滞は必然ではなく、投資不足と言う過去の負の履歴効果が原因であり、積極投資と言う正の履歴効果を積み上げることにより、逆転できると主張する。そのためには今こそ投資を誘発する拡張的財政・金融政策が緊要である。日経平均株価の高市自民総裁就任(10/4)以降8ヶ月余りでの45,000円から72,000円(6/23)への60%の急騰は、そうした政策変化と日本経済の成長力加速期待に基づくものである。日経記者の直近の円安・金利上昇を国力不安の現れと言う評価が、いかに公正さを欠くものであるかが、分かろう。以下では彼らが決定的に見落としている視点、履歴効果を紹介したい。
(1) クルーグマンの新経済地理学と履歴効果
日本経済の長期停滞をめぐる議論では、財政赤字、人口減少、労働市場改革、生産性向上などが主要な論点として扱われてきた。しかし、これらの議論には決定的に欠けている視点がある。それは、経済には「履歴効果(hysteresis)」が存在するという認識である。経済は、現在の条件だけによって決まるものではない。過去の投資、産業集積、技術蓄積、人材形成、政策判断が、現在および将来の経済能力を規定する。したがって、一度失われた産業基盤や成長能力は、市場メカニズムだけでは容易に回復しない。日本の「失われた30年」は、まさにこの履歴効果によって説明されるべき現象である。
この視点を理論的に理解するうえで重要なのが、ポール・クルーグマンの経済学である。クルーグマンは2008年にノーベル経済学賞を受賞したが、その対象となった新貿易理論・新経済地理学は、経済活動が歴史的経路に依存し、初期条件によって産業配置や成長経路が大きく左右されることを明らかにした。この考え方は、現代の産業政策を考えるうえで極めて重要な意味を持っている。
クルーグマンの新経済地理学の核心は、産業立地が単純な比較優位だけでは説明できないという点にある。

