セブン&アイのガバナンスから学ぶこと

2018/05/21

・小売りアナリストの青木英彦氏(野村證券)が神戸大学で取得した博士論文を送ってくれた。テーマは「純粋持株会社のコーポレート・ガバナンス機能について」というものである。20年以上の小売りアナリストの経験をふまえて、セブン&アイの事例研究を行っている。学術論文であるが、実に分かり易く大いに参考になる。

・投資家として、企業をみる時、1)創業経営者の影響力はどこまで続くのか、2)企業グループを形成していく中で、組織のマネジメントはどのように実行すると効果的なのか、3)後継経営者の立ち位置はどうあるべきなのか、4)社外取締役はどこまで機能するのか、という点について考える時、生きたケーススタディとなろう。

・セブン&アイの場合、まだ答えは出ていないが、次はどうなるのか。ここから株式に投資して本当に成果が上がるのか。ここでは、この問いに答えるのではなく、その前提となる企業経営者と組織のあり方について、少し議論してみたい。

・純粋持株会社は本当に機能するのだろうか。多くの会社は、1つの会社の中で、いくつもの事業部を有し、その他にも子会社をもっているケースが多い。この事業部が各々独立した会社として運営され、その上に純粋持株会社がある時、純粋持株会社の社長の役割は、まさに事業ポートフォリオのマネジメントである。

・これがうまくマネージできる社長は多くない。1つの事業の中で育って、その成功を通して昇進してきたからといって、最上位の社長になって異なるビジネスモデルから成る事業ポートフォリオをマネージすることはかなり難しい。通常、その訓練を受けて育ってきていないからである。

・創業者が一代で企業を大きくして上場している時、次の後継者をどう選定していくのか。資本のマジョリティを持っているのであれば、自分の子供を後継ぎにしたいと思うのが世の常である。社員からみても求心力を持ってまとまるには都合がよい。但し、後継ぎがそれなりに優秀であれば、という条件付きである。そうでないと、会社はすぐにタガが緩んで衰退に向かう。

・子供がそこそこ優秀でもうまくいかない事が多い。創業者は嗅覚に優れており、咄嗟の判断力で苦難を乗り切ってきた経験を有する。それは、もともとの才能ともいえる。後継ぎに同じことを求めるのは、酷であろう。2代目はそこを弁えた上で、自分の力量を高めていかなくてはならない。

・その時、先代に仕えてきた番頭というべき役割が決定的に重要である。会社への忠誠心は高く、執事(スチュワード)としての立場を弁えている。さまざまなステークホルダーをよく知っており、まわりからの人望も十分ある。この番頭役が初代から2代目、次の3代目へと繋いでいく時、重要な役割を担う。

・創業者がいなくなり、その薫陶を受けた次の経営陣もいなくなって、創業者を知らない世代が、サラリーマン的経営者になる時、会社は最も変質しやすく、落ちぶれが始まる公算も高い。

・創業者は亡くなるまで創業者である。さらに、死んでも創業者である。その創業者の精神が理念やビジョンの中に生き続け、後継者の心の中に生き続いているなら、会社は持続的に発展できるかもしれない。

・そこで、後継者に誰を選ぶか。社長は、自分の後継者は自分で指名したい。そう思うのが当たり前のように受けとめられてきたが、昨今はそれが通用しない。組織の役割として、必ず第三者の目を通してチェックすることが求められる。指名諮問委員会のような仕組みを通して選任されることになる。つまり、社長の自由勝手にはならないのである。

・経営者は誰のために仕事をするのか。創業者は株主でもあるから、自分のために仕事をすることは、一般株主にとっても同じご利益をもたらすのか。大株主として、自分にとって都合のよい経営を行うことが、一般株主にとっての価値を棄損することはよくある。まして、サラリーマン経営者が自己中心的に、安全で身入りの多い経営を行うとすれば、創業一族はもちろん、一般株主にとっても納得できない。

・ここで自己中心的とは、1)自らの権力をいつまでも続くように、2)公平で適確な人事評価をやらずに、3)敵となるような人材は早目に退けて、4)依怙贔屓(えこひいき)と強権を蔓延させ、5)特定の会社にとどまらず、グループ会社すべてを身勝手にコントロールしようとする。そして、最後には、サラリーマン経営者なのに自分の一族を重用しようとする。新たな血族企業を作りかねない動きをみせる。

・こんなことがありうるのか。ここに一般的に記したことが、セブン&アイの鈴木敏文氏には発生したふしがある。イトーヨーカ堂の創業者は伊藤雅俊氏であり、鈴木氏はそのもとで、セブン-イレブンを立ち上げた経営者である。セブン-イレブンを米国から導入し、実質的に育ててきたのは鈴木氏であるが、セブン&アイの創業者ではない。

・しかし、伊藤氏から経営を任される中で、セブン-イレブンが圧倒的な高収益企業となり、イトーヨーカ堂が相対的に落ちぶれる中で、純粋持株会社の形を整え、そのトップについて全組織を動かす中で、自分の息子を十分な実績もないまま異常なスピードで出世させていた。

・そして、社内では次の後継者と目された井阪氏を能力不十分として退任させようとした。そこで、社外取締役が動いた。指名報酬委員会が設置されていたが、そこで鈴木氏の人事案が否決されたにもかかわらず、取締役会に同じ案を持ち出したために、逆に鈴木氏が退任に追い込まれた。

・今流にいえば、社外取締役を入れたコーポレート・ガバナンスが見事に機能したのである。最も大事なことは、鈴木氏の井阪氏退任案を創業家がノ-といったことである。これは、日本的にいえば、大義が成立しなかったといえる。鈴木氏は、トップの座にある中で、一線を超えてしまった。

・青木氏は博士論文の中で3つの仮説を論じた。第1は、「純粋持株会社において、専門経営者の権限が大きくなればなるほど、その経営者は、スチュワードシップ理論が前提とする「執事」から、エージェンシー理論が前提とする「機会主義者」の方向へとその性向が振れる。」、というものである。つまり、経営者のモチベーションが株主の要求と一致する方向から、株主の利益を棄損する方向に動いていくという意味である。

・第2は、「専門経営者の持株比率が低ければ低いほど、仮説1の傾向が強くなる。」そして、第3は「純粋持株会社の連結業績が少数の高収益事業に依存している度合が高いほど、仮説1の性向が強くなる。」と結論付けた。まことに興味深い。

・鈴木氏はどうすればよかったのか。セブン-イレブンを開業した時に、早目にイトーヨーカ堂から独立させて、自ら少額でも一定の株を持って創業者となればよかった。オリックスの宮内氏は商社からリース事業を独立させて、それを育て、持株比率は極めて低いものの、オーナー的存在となった。

・鈴木氏は、革新的な経営者であった。多くの経営者にみられるが、トップに立つ人からみると、次の後継候補者はみな役不足にみえる。自分に代わる人材は育てたくない。できる人材は目障りなので、外に出そうとする。それは本能ともいえる人の感情である。ここをどうマネージするか。そこに社外の目が求められる。常にフェアにみられているという「見られる化」が大きな牽制となる。

・創業家の伊藤氏はどうすればよかったのか。ダイエーの中内氏と違って、息子を社長には選ばなかった。しかし、社長にすべく育成すべきであった。鈴木氏の下でセブン-イレブンの社長につけ、後継者とすれば、鈴木氏も退任を迫ることはできなかったであろう。

・では、投資家はどうしてほしかったのか。そして、今でもどうしてほしいのか。鈴木氏のカリスマ性で、セブン&アイには十分な後継者が育っていない。セブン-イレブン以外の事業は全く見劣りしてしまう。

・一つの方策は、純粋持株会社をやめることかもしれない。持ち株会社のトップは、ポートフォリオマネジメントが仕事である。今、その仕事を専任でする必要はない。セブン-イレブンを事業持株会社にして、他はその子会社として、独立して生きていく道探るべきであろう。本体のトップにはいずれ伊藤氏の2代目がつけるようにマネジメント体制を構築すべきであろう。創業者を否定できるのは2代目だけである。

・セブン&アイは、世界で戦える小売りサービス業である。次なるマネジメントイノベーションが起こせるか。投資家との対話に引き続き注目したい。

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