しがらみにとらわれず個性を徹底追及する会社

2014/05/26

・松井証券の松井道夫社長は個性の塊である。強烈な個性が言動に満ち溢れている。松井証券の経営は十分に差別化されており、変化の激しい證券界にあって強固なビジネスモデルを作り上げている。松井社長の話を聴く機会があった。いつもながらの語り口はまことにユニークである。

・「頑張らないで下さい」と、松井社長は社員に言っている。それは「頑張らなくてもよい方法を考えてください」という意味である。20年近く社長をやっているが、本当のイノベーションは顧客に聞いても教えてくれない。まだ誰も知らない商品やサービスを提示するのがイノベーションである。新しい仕組みを作るのが仕事で、そのことばかり考えて、社長室にこもって常に自問自答している。そして、たまにひらめきが生まれるという。

・株式取引の手数料は金融ビッグバンの前は115bp(1.15%)であったが、今では6bpである。20分の1になった。ところが、松井証券の株式の取り扱いは300倍になっており、利益は10倍以上に増えている。手数料競争をして何が残るのか。消耗戦になるだけである。そこで当時、過当競争にならないものを考えた。それが金利であった。信用取引において貸している資金の金利は相対的に安定している。これをビジネスの軸におくことにした。3%の利ザヤで十分な収益を稼げるようにした。

・松下幸之助氏は、執念あるものは可能性から発想する、執念なきものは困難から発想する、と言った。難しいとあきらめるのではなく、出来るための方法を必死で考える。松井社長はこれを実践している。

・もう1つ実践していることは、コントロールできる目標を追求する。コントロールできない目標は無意味であるという。コントロールできるものであれば、努力のし甲斐がある。実際、不満は人に対するものであって、不安は自分に対するものである。不満と不安は対極にあるが、コントロールできるものであるかどうかを問うていく。

・さらに、虚業と実業の違いは何か。価格は顧客にとってコストである。顧客にとって不用なコストを提供するのであれば、それは虚業であり、有用なコストであれば実業であると定義する。世の中でいうリストラは、不用なコストを減らして、ビジネスを実業に戻すことである。

・彼は若い時、日本郵船で働いていた。もともとは画家になりたかったが、美術の先生に無理といわれて方向転換した。就職の時は、1人当たり売上高の高い会社を選んだ。日本郵船では海上運賃の自由化に直面し、運賃が1ヶ月で20分の1に下がるような経験をした。過当競争をどう乗り切るか。その時の経験が證券界でも生きた。

・娘婿として松井証券に入ったが、先代からは「好きにおやりなさい、あんたの責任で!」といわれた。以来、今日に至るまで、虚業を切って、ビジネスモデルの革新を追求してきた。井原西鶴の「始末十両、儲け百両、見切り千両、無欲万両」(日本永代蔵)を引用して、無駄を切り捨てて倹約し、投資をして収益を目指す。失敗することも多いが、社会の公器となって、責任を果たしていく。その証が利益であると強調する。

・松井証券は2018年に創業100周年を迎える。松井社長はトップになって以来、会社の規模を徹底的に小さくすることを考えてきた。少数精鋭化である。現在の従業員数は120名である。社長は1人当たりの指標にこだわっており、2014年3月期の1人当たり純利益は1億円を超えた。採用は年5人と少ない。人を絞って、収穫逓減の法則に陥らないようにしている。つまり、やればできそうなビジネスでも、独自の強みが確立できず、もうからないビジネスには出ていかないということである。

・トップの役割は何か。それは次の変化を見据えて、先手を打っていくことである。時代とのギャップが広がると、不要なコストが顕在化し、会社は潰れる。コストは社長がコントロールできる。最も大事なことは、誰を社長にするかというコーポレート・ガバナンスである。社長の成績は数字である。KPIが達成できなかったならば身を引くべきという。

・では、どういう会社がいい会社か。それは、“人間味のある会社”であると、松井社長は述べる。組織が人間に近い、ファジーでフレキシブルな会社がよい。100年前に起きた資本と労働の分離ではなく、これからは資本と労働の新しい融合が起きるのではないかと強調する。今は資本主義の弱さがみえている。次の変化は何か。これを考えていかないと社長は務まらない。この「資本と労働の融合」、新しい企業価値を生み出す面白い会社の条件として注目したい。

・常に松井証券でしかできない仕組み、サービスを考えている。最近注目されている1日信用取引やプレミアム空売りサービスは、プロの個人投資家のニーズに応えており、なかなか真似できないものである。既存のビジネスで収益の柱を作っていると、自らのビジネスモデルを壊すような新しいことはできないので、他社は参入しにくい。かつて、証券のインターネット取引に一気に舵を切ったのも、既存のビジネスへのしがらみがなかったからともいえる。

・デフレの時代が終わってインフレの時代が来れば、1600兆円の個人金融資産が預金から株式へ本格的に動き出す。その時に投資信託は重要な商品であるが、今の仕組みが顧客にとって本当に価値あるものか。もっと新しい仕組みがありうるかもしれない。今投信ビジネスをやっていないが故に、しがらみなく大きな構造変化に挑戦できるチャンスが来ると、松井社長は認識している。

・2014年3月期のROEは20%であった。アベノミクス相場の効果があったので、この高いROEを維持するのは難しいが、松井社長は相場変動の中でも、ROEの向上は常に意識している。今のビジネスモデルで、大型の投資はいらない。投資にあたっても、内部留保の資本コストは高すぎると判断し、利益の大半は株主へ返している。配当性向は80%近い。資本コストを明確に意識した経営を実践している。松井証券の株主になって、激動する金融界の勝者を追っていくのも面白いと思う。

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