生産性指標の開示は如何に~生産性経営に向けて

2019/07/01

・日本生産本部は昨年11月に1つの提言を発表した。労働力喪失時代にあって、成長経営から生産性経営への転換を図るべし、という内容である。手始めとして、各企業に生産性指標の公表を提案している。

・そのベースとなった生産性向上戦略プロジェクトの座長を務めた村上輝康氏(産業戦略研究所代表)と話をする機会があった。提言の骨子にふれながら、いくつかの論点について考えたい。

・2045年までに、2100万人の生産労働人口が減少する。2040年までに400万社ある企業が300万社に減るという見通しもある。企業の新陳代謝は否応なく進むことになる。

・食品廃棄ロスは年間1.9兆円、飲食店の無断キャンセルによる機会損失は2000億円と試算され、国内トラックの輸送能力の6割は未使用で、共同利用すれば4000億円の経済効果があるとみられる。

・経済はモノからコト・サービスへシフトしている。しかし、GDPの7割を占めるサービス業の生産性は製造業の7割水準であり、米国のサービス業に比べると5割という低さである。

・なぜか。一つの要因として、サービス業に関する経営科学が十分でない。サービス業の生産性向上について、もっと研究開発(R&D)を行うべきである。全産業のR&D費のうちサービス産業の割合は、日本は21%と低いが、EUは製造業と同じ、米国は製造業を大きく上回っているという。

・日本の人材育成投資は90年代前半には2.5兆円ほどあったが、現在では0.5兆円に減少しているというデータもある。IT活用のイノベーションでは、欧米、中国に遅れをとっている。

・サービスイノベーションを加速して、サービス産業の生産性向上を図るべし、というのが提言の根幹である。まずは、R&D投資、人材育成投資、IT投資とともに、生産性指標を開示することを提言している。

・それが、国全体の1人当たりGDPにどう貢献していくか。企業のサステナビリティとの結びつきも含めて検討する必要がある、統合報告書の中では、収益性指標、ESG・SDGs指標とともに、生産性指標を揚げるべしという提案である。

・まさにその通り、全面的に賛成である。この5年間の攻めのガバナンスでは、資本の生産性が問われ、ROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)が大いに注目された。さらに、本物の企業価値経営は、財務指標としてのROEを超えたところにある、との見方も有力となっている。

・一方で、働く人々の所得がさほど増えていない。デフレ社会が続く日本だけが遅れをとっているという認識も高まっている。企業としては、生産性が持続的に上昇しているならば、それに見合って賃金を上げていくことは妥当であり、何ら問題はない。

・この見方に賛同できるとしても、先行きは不透明で見通せない。そんな経営環境の中で、正社員を増やすことはせず、非正規雇用で仕事の繁閑を埋めてきた。

・上場企業でいえば、収益力が改善し、利益が増え、企業の内部留保や現金も増えた。配当など株主還元が増えているのに比べて、社員への報酬は同じように増えてはいない。実際、労働分配率は下がっている。

・まずは生産性指標を明示して、それを上げるべく大いに努力する必要がある。株主にとってROEが重要で、もっとROEを高めるべしという議論があった時に、いろいろ批判も出た。

・しかし、ROICをベースに論理的な展開をしていけば、企業の価値創造と何ら矛盾することなく、経営改革に結びつけられることがわかってきた。それを実践している優良企業も増えている。

・労働生産性とROICはどのように結びつくのか。労働生産性は通常企業が生み出す社員一人当たりの付加価値で測る。付加価値は、社内でその企業が生み出したものであるから、外部から購入したものではない社内の価値源泉を勘定していく。

・シンプルにみると、付加価値=人件費+減価償却+営業利益である。R&Dのうち、研究に関わる人材の費用は人件費に入ってくる。開発にかかわるものは、設備などの有形資産やソフトウェア、知的財産(IP)などの無形資産に入る。

・その費用はかなりの部分が減価償却に入ってくる。IFRS(国際会計基準)ではM&Aに伴うのれんは減価償却をしないので、ここは分けて考える必要があるが、その分は営業利益に入る。

・人件費と減価償却はいずれも費用であるから、利益とは相反するものとみられがちであるが、本当だろうか。人件費が少ないと、その分利益が出る、減価償却も少ないとそれに見合って利益が出る、というのは一見その通りだが、本質をみていない。

・人件費は人材投資のコストである。減価償却は有形資産・無形資産への投資のコストである。高い付加価値を生み出すために投資を行っているわけだから、その中身が問われる。人材投資を削って利益を出したとしても、そんな経営が長続きするわけがない。

・1人当たり付加価値を高めるには、1)知(知財)を生みだす人材に投資をして、2)生みだされた知を組織能力に高めて、3)そこから価値創造を通して付加価値を得ていく。このビジネスモデルが問われている。

・労働生産性=労働装備率×ROIC×利益付加価値配分率、という関係にあるので、労働生産性とROICは一義的関係ではない。互いを独立要素として、そのバランスをみていく必要がある。

・ビジネスモデルをどのように設計するかという視点を強調すると、経営デザインの構想力がカギを握ることになる。ビジネスモデルを構想する経営デザインシートにおいて、そのKPIは何か。

・KPIの1つとして、わが社の生産性指標を明示してほしい、ということになる。このKPIを軸に、ステークホルダーとマネジメントは大いに議論することになろう。

・その時、労働生産性を5%上げるのか、50%上げるのか、2倍にするのか。これはビジネスモデルのイノベーションと深く関わってくる。サービスイノベーションは、安い人件費はもう使えないという中で、いかに働く会社の魅力を高めていくかのコアを形成しよう。

・小売業、飲食業において、BD(ビックデータ)を使って、1人1人の生産性を測り、それを人事評価にまで活かそうという動きがある。バイト1人が、他の社員より何倍も生産性が高いということがみえてくる。そのバイトを平均的時給で使うことは妥当なのかが問われる。

・生産性指標を見える化して、生産性を高めるということは、その格差がより顕在化してくることにもなる。企業全体の組織能力を高めていく新しいマネジメント力が必須となってこよう。

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