貿易収支統計は二つある

2016/07/26
(要旨)
・通関統計は内訳がわかって便利
・国際収支統計の貿易収支は、内訳が不明
・輸出入金額には、Jカーブ効果が働くはずである
・貿易収支と景気の関係は様々
・4月の季節調整済通関収支差は+4千億円

 

(おまけの要旨)
・結局昨年度の貿易収支は黒字だったのか?

 

(本文)
貿易収支と呼ばれる統計は、二つある。一つは通関統計の通関収支差が便宜的に貿易収支と呼ばれているものであり、今一つは国際収支統計の一項目としての貿易収支である。
2015年度は、前者が赤字、後者が黒字であったため、混乱した読者もいたと思われる。そこで今回は、両者について解説することとする。

 

・通関統計は内訳がわかって便利
輸出も輸入も、品目、数量、金額を税関で申告することになっている。これを集計した統計が通関統計である。この統計は、相手地域別、品目別の数字も発表されているので、大変便利である。
通関統計の輸出と輸入の差は、正確には「通関収支差」であるが、通称として貿易収支と呼ばれている。国際収支統計よりも早く発表になるので、注目度は高い。
問題は、輸入金額に輸入用の運賃と保険料が含まれているので、赤字になりやすい(黒字が小さくなりやすい)という事である。通常であれば気にする事はないが、今回のように国際収支統計の貿易収支と符号が異なると、無用の混乱を引き起こす可能性があるので、要注意である。

 

・国際収支統計の貿易収支は、内訳が不明
国際収支統計の一項目として貿易収支が掲載されている。こちらの方が「正しい」統計なのだが、内訳が不明なのと、発表のタイミングが通関統計よりも後なので、あまり注目されていない。
ちなみに、通関統計で輸入に含まれている運賃と保険料は、国際収支統計では「サービスの輸入」という別項目に含まれている。

 

・輸出入金額には、Jカーブ効果が働くはずである
日本の輸出と輸入は金額が概ね同額であるが、輸出の方が円建ての比率が高い。円安になると、ドル建て輸出入金額を円換算した値はその分だけ増加するが、円建て輸出入金額は変化しないので、円安になると輸入の増加額が輸出の増加額よりも大きくなり、貿易収支は悪化(黒字が減る、または赤字が増える)はずである。
ところが、しばらくすると、円安によって輸出数量が増え、輸入数量が減るので、貿易収支は改善するはずである。したがって、貿易収支のグラフがローマ字のJの字のようになるはずである。これをJカーブ効果と呼ぶ。
今次円安は、輸出入数量に影響が出ていないため、Jカーブ効果は顕現化していない(輸出入数量については次回論じることとする)。一方で、原油価格が大幅に下落して輸入金額が減少したので、貿易収支の動きだけを見ると、偶然にもJカーブ効果が出現しているように見える。誤った解釈をしないように、注意したいものである。

 

・貿易収支と景気の関係は様々
景気が貿易収支に及ぼす影響としては、景気回復による輸入数量増が挙げられる。国内景気が悪化すると、輸出企業が無理をして安値輸出を試みる場合もあるが、影響は限定的であろう。
貿易収支が景気に与える影響は、大きくない。かつては、貿易黒字が拡大すると米国等から「もっと円高にすべきだ」といった声が聞こえてきて、為替レートが実際に円高になる事もあったが、最近ではそうした事は滅多にない。
貿易黒字自体が実需のドル売り需要になることはあるが、資本取引などの為替取引量が膨大なので、貿易黒字による実需のドル売りが為替レートを動かして、それが景気に影響する、という効果は限定的である。
貿易収支という統計は有名であり、注目度もそれなりに高いが、景気や株価を考える上で、貿易収支のニュースに振り回されるのは危険かもしれない。

 

・4月の季節調整済通関収支差は+4千億円
4月の通関統計によれば、季節調整済収支差は+4千億円であった。3月は+3千億円であったから、2か月分を平均して年率換算すると、4兆円ほどの黒字となる。今後の原油価格にもよるし、2か月分だけでは単月の振れもあるので断言はできないが、「日本の通関収支差は明確な黒字基調を回復した」と言えるのかも知れない。
国際収支統計は、本稿執筆時点では4月分が未発表であるが、国際収支統計上の貿易黒字は通関収支差より若干大きいことを考えると、3月分と4月分の平均を年率換算した値は、4兆円を上回ることはほぼ確実であろう。

 

(おまけ)
・結局昨年度の貿易収支は黒字だったのか?
通関収支差が赤字、国際収支統計上の貿易収支が黒字であったため、混乱した読者も多かったであろう。上記のように、国際収支統計の方が「正しい」ので、結論としては「黒字であった」と理解すべきである。
しかし、ここで重要なことは、黒字であったか否かではなく「以前よりも赤字が大幅に減った」「昨年度は輸出と輸入が概ね同額であった」という2点である。
マスコミは、目を引くタイトルを付けたがるので、「貿易収支が〇年ぶりの黒字に」といった表現を使いたがるが、重要なことを冷静に捉えるようにしたいものである。
「海の水を一口飲んだら海の水は減るか?」と聞かれて「減らない」と答えてはいけないが、「減った」と大騒ぎするのもミスリーディングである。「ほとんど減らないので、気にする必要はない」というのが「正しい」答えであろう。
それと同様、昨年度の貿易収支は「ほとんどゼロであった」というのが「正しい」認識だと筆者は考えている。
以上。

TIW経済レポート 6月2日より転載)

久留米大学教授 TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   久留米大学教授 TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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