「フィデューシャリー・デューティー」について今考えるべきこと

2017/05/09

<CFA協会のシンポジウム>

 

さる4月28日(金)に、東京で、CFA協会が主催する「フィデューシャリー・デューティー改革」をテーマとする大規模なシンポジウムがあった。CFAとは米国の公認証券アナリスト資格のことで、例えば、若い読者がこれから外資系の金融機関(主に投資銀行)などで働こうとする場合に、持っていると有利なものだ(全世界に14万人、日本には950人の保持者がいる)。試験は英語だが、内容的には日本の証券アナリスト(CMA)と大きくは変わらないと言われている。

このシンポジウムでは、冒頭に金融庁幹部から、同庁が取り組むフィデューシャリー・デューティー(日本語では「顧客本位の業務運営」)改革と国民の資産形成の関係について、検討の経緯や、内容などの説明があり、その後、金融業者の取り組みや、金融消費者の視点からのフィデューシャリー・デューティーに関する検討などがプログラムされていた。

筆者は、プログラムの最後に行われた、金融消費者の視点をテーマにしたパネル・ディスカッションに登壇した。

このテーマは、本連載でも一度取り上げているが(「顧客(投資家)はフィデューシャリー・デューティーをどう見たらいいか」)、何が問題で、どうしたらいいのかを、改めて考えてみたのでご報告したい。

 

<スピーチ原稿>

 

パネル・ディスカッションの登壇者には、始めに持ち時間8分ほどの問題提起的スピーチが要求された。

以下に、筆者のスピーチ原稿をそのまま掲げる。実際には、ぴったりこの原稿通りに話した訳ではないので、当日会場にお越しになっていた方も、読んでみて頂きたい。

 

【スピーチ原稿:山崎元@CFA協会シンポジウム】

 

こんにちは。山崎元です。時間は貴重なので、いきなり本論に入ります。

 

先ず、フィデューシャリー・デューティーという概念に注目が集まっていること、加えて、金融取引の監督官庁である金融庁がこの概念を主導することは、大変素晴らしい。

経済政策の一般論として、最終的な目標は「消費者の効用最大化」であるべきです。もちろん、消費者が財やサービスを享受するためには、供給者がビジネスを持続できる適正な利益があることも重要です。最終顧客の利益を重視することは、金融業界を敵視する事にはつながらず、それぞれが利益を追求しながら、両者の最適なバランスを見つけることがゴールになります。

過去の金融行政は、金融システムが無難に維持されることと、金融業界を育成することに偏っていた印象を持つので、顧客重視への切り替えは大いに歓迎すべき画期的変化です。

とはいえ、現状のフィデューシャリー・デューティーの推進には、大まかに言って三つの課題があるように思います。

 

一つには、現実のビジネスに関わる金融マンは、稼いだ利益によって評価されます。しかも、利益をより多く稼ぐためには、顧客が「勘違い」してくれること、より踏み込んで言うと、顧客の勘違いを誘導することが有効だという現実があります。

金融庁が昨年9月の「金融レポート」で問題視している商品の一つに「毎月分配型の投資信託」がありますが、この商品は、分配金へのこだわりや、分配金の安定性を運用全体の安定性と混同するといった、顧客の側の行動経済学的錯誤を利用して売られている、悪質な投資商品です。

しかし、せっかく毎月分配型の投信を買ってくれそうな顧客を目の前にした時に、「生活費は預金から支出される方がコスト的に合理的ですし、毎月分配という仕組みは効率的ではありません。大きなリスクは取りたくないというごニーズであれば、個人向け国債でも買う方がいいのではないでしょうか」と正直且つ誠実に言える金融マンは、ちょっと想像がつきません。

理想的には、顧客にとっての適切性と、自社に必要な収益性の長期的なバランスを考えた、「一人の顧客から、年間何ベイシスの手数料を取ってもいいのか?」という加減を金融機関の経営者は真剣に考えるべきですし、それを明言することが望ましい。しかし、現在情けないのは、業種を問わず金融機関の経営者にこうした見識がなく、部下に対して暗黙のうちに「コンプライアンスに引っ掛からないように、稼げるだけ稼げ」と言っているだけの人しか見当たらないことです。

ちなみに、顧客側の立場に立つと、「実質的な手数料が年間に0.5%以下の運用商品以外のものには、絶対に手を出さない」と決めておくと、大半のダメな運用商品を除外することが出来ます。「100万円の運用に対して5千円以下!」が基準です。私が、個人的に「許してもいいかなあ」と思う手数料水準は、大凡このくらいです。

 

第二のポイントは、フィデューシャリー・デューティーの原則が金融商品販売の現場で、却って悪用されていることです。具体的には、「顧客本位の業務運営に関する原則」の原則6にある、「金融業者は、顧客の資産状況・取引経験・知識及び取引目的、ニーズを把握し、当該顧客にふさわしい金融商品・サービスの組成、販売・推奨等を行うべきである」は金融論的な詰めが甘い。

はっきり言って、「より安全に、なるべくたくさんお金を増やしたい」という以外の運用ニーズなどというものは、本来存在しません。

そう考えると、誰に対しても、リスク当たりの期待リターンが最も効率的な商品ないしその組み合わせを勧める以外に適切な推奨などあり得ません。人による違いは、運用金額と、リスク資産への投資額だけだ、ということになります。

しかし、一例として、「近代セールス」という銀行の支店行員向けの雑誌の「顧客本位の運用提案&商品説明はこう実践する! フィデューシャリー・デューティーに則った対応ノウハウ」という特集号(2017年3月1日付け)がありますが、例えば「定期的収入がほしいリタイア後のお客様」に向けて、「定期分配型投資信託を提案する際には、目標とする『運用利回り○%』を一つの目安とすることがポイントだ。それが決まったら、投資信託の過去の実績を調べ、対象となる投資信託をリストアップする」といった、セールスの手口が解説されています。

こうした推奨は、商品の仕組みの上でも、手数料率の上でも、明らかにどの顧客にとっても不適切なのですが、「定期的な収入が欲しい人」という「ニーズ」をでっち上げることによって、正当化されているのが現実です。

しかし、本来、初心者であってもベテランであってもコストが高く非効率的な商品は嫌でしょうし、資金の使用目的は運用方法に対して関係ありません。子供の教育費を作るのに、学資保険は最適な手段ではありません。

この点に関して盲点になりやすいのは、「リスクの大きさは、運用商品の種類ではなく、リスク資産への投資額でコントロールするのが適切だ」という点です。

しかし、こうした金融論的合理性を無視する好都合な名目として、フィデューシャリー・デューティーの原則が使われています。

 

第三に、フィデューシャリー・デューティーが望ましい原則だとしても、ルール・ベースの規制をもう一段強化すべきではないか、という点を強調したいと思います。

先ほどから例に出している、毎月分配型投資信託は、そもそもどんな投資家にとっても最適な商品ではあり得ないのだから、はじめから存在しない方が、間違いが起こりにくい理屈です。

また、例えばEB債(他社株転換権付き債券)のような仕組み債券などは、そもそも、それが売れたこと自体が、顧客がプライシングを理解できなかったことの何よりの証明なのですから、そもそもが少なくとも個人向けに売られてよい商品ではありません。

プリンシプル・ベースの原則とルール・ベースの規制は、相互補完的な関係にありますが、前者がいかにも脆弱なバランスと善意に期待しなければならない現状にあって、最終消費者を保護するためには、後者をもう少し強化することが必要ではないかと思います。

 

終わりに、一言補足します。フィデューシャリー・デューティーは、個々の金融マンが自分の仕事にプライドを持ち、正しいアドバイスだけを提供すると決めることで、個人的に勝手に実現することができます。金融マン個々人の事情はそれぞれに異なるのでしょうが、自分の実力に応じて、できるだけ実現しようとすることが、金融マン個人にとって真の働きがいにつながるのではないでしょうか。

省みるに、私自身も、一証券マンであり、フィデューシャリー・デューティーに於いて完璧を実現する実力を備えている訳ではありませんが、何よりも自分自身のために、少しでも理想に近づけるように、努力したいと思っています。

ご静聴ありがとうございました。

【引用終わり】

 

<スピーチ原稿への補足>

 

先ず、金融庁がフィデューシャリー・デューティー重視を打ち出したこと自体について、投資家は、これを大いに歓迎すべきだ。官庁には、ともすれば批判や不満の対象になりやすいし、過剰な期待と現実のギャップに失望する声が向かいやすい。しかし、国民としては、時に「褒めて、育てる」ことがいい場合もある。今回は、総体として、金融庁を褒めてみていいのではないか。

しかし、金融業が実質的な手数料稼ぎによって成り立っており、金融マンは上司から、経営者は株主から、「稼いだ利益」で評価されることを甘く見るべきではない。

今回のセミナーで登壇された方の中には、大手金融機関のリテールビジネスの責任者がいらっしゃって、この会社のフィデューシャリー・デューティーへの試みがいかに熱心で先進的なものかを語って下さったが、この会社が販売する投資信託の販売額上位ランキングを見ると、金融庁が問題視する毎月分配型が多く、また、同じく金融庁が利益相反の観点から問題にする系列運用会社の商品が多い。そして、この会社に限らず、これが金融ビジネスの現状なのだ。

株主から見ると、「最大限に稼いでくれなくては、困るよ」ということだろうし、経営者も部下に対して概ねそう思っている筈だ。

ここで唯一の理想の可能性は、経営者が長期的な利益の観点から、部下の過剰な手数料稼ぎを戒める一方で、株主に対しては「これがベストなのだ」と説明する責任を負うことだが、この役割を十分果たしている金融機関の経営者を、残念ながら、筆者は見たことも聞いたこともない。

いわゆる「適合性の原則」に当たる「原則6」が、販売現場にあって、投資家のニーズを都合良くでっち上げることによって、悪用されているのは、その通りだ。この点に関しては、「投資家が賢くなる」ことが一番大切で有効だと思うのだが、その前提として、金融庁に対して正しい投資教育が必要だ、というのが筆者の意見だ。

「投資家のタイプに合った商品を売るべきだ」、「運用の目的をはっきりさせるべきだ」、「積立投資は有利で堅実だ」、「長期投資ではリスクが縮小する」といった幾つかの通念は、運用先進国である米国にあっても広く流布しているが、投資の理論と計算を厳密にあてはめると正しい知識ではない面がある。

そして、金融庁に対して、もう少し強いプレッシャーが必要なのは、ルール・ベースの規制を再検討することだろう。

スピーチ原稿に書いたように、毎月分配型投信を全面的に禁止することは、筆者としても現実的だとは思っていないが(しかし、可能だし、望ましいとは思っている)、仕組み債のような「買い手がプライシングの計算を理解していたら買わない筈の商品」が平気で売られていることについては、怒りに近い憤慨を覚える。

金融庁は、フィデューシャリー・デューティーを通じて金融機関の考え方と行動をモニタリングしつつ、マーケット・メカニズムを通じてダメな事例が淘汰されることを期待しつつ、それでも不足があれば、ルール・ベースの規制を強化することも再検討すると考えているようだが、これは、現在の金融消費者を殆ど先の見えている実験に晒すがごとき無責任だ。

お金の運用にあたって、個々の金融消費者は、多数の選択肢を同時に較べられるわけではないし、その為に必要な正確な知識を持っているわけではない。また、個人の寿命は短いので、悪徳金融機関が誰にも選択されなくなる保証はないし、淘汰があるとしてもダーウィンの進化論に近い時間が掛かるかも知れない。

この点については、現に、「詐欺的」かそうでなくても「ボッタクリ」と呼びたくなるような金融商品が内外に存在し、不適切な販売によって金融機関が(内外で)大きな利益を得ていることを直視すべきだろう。

尚、最後に述べた筆者の非力と不純はその通りだ。お客様には、申し訳ないと思っているし、何より自分として残念だ。少しでも改善したいと思っている。

 

<本当は議論したかったこと>

 

さて、現実にはなかなかそう行かないことが多いのだが、パネル・ディスカッションは、「報告」にではなく、その場で行う議論が何を生むかにこそ本来の価値と面白味が(いわゆる「醍醐味」が)ある。

今回のパネルでは、主として時間的な制約によって、議論を深めることが出来なかったのだが、本当はその場で議論し、考えてみたかったことを少々述べる。

筆者が、その場で最も議論したかった第一のテーマは、一般の金融消費者(「投資家」という以前のレベルの普通の人達)に、最低限の正しい知識を持って貰うためにはどうしたらいいのかであった。

金融機関がフィデューシャリー・デューティーを掲げていても、金融消費者の側が、何が自分にとって得なことであって、最適な選択なのかを理解できなければ、自分のためにこの流れを活かすことが出来ない。

せいぜい、売り手側が考える「フィデューシャリー・デューティー的」に乗せられたまま、過剰な手数料を稼がれるだけだ。

これからの世代のためには、学校教育段階での金融教育を特に算数・数学の中で取り入れることが有効だろうし、大人も含めた金融消費者全体向けにはNHKのEテレ等で英会話番組並みの継続的な教育番組があることが望ましい。いわゆる投資教育を、銀行・証券・保険等の金融業者に任せると上手く行かないし、スポンサーとしての彼らを意識する民間メディアにも難しい面がある。

金融庁に対しては、金融教育について具体的な成果を出して欲しいと思うし、また、金融庁自身に対しても金融教育の必要性を筆者は感じている。先に問題として挙げた「原則6」を見ても、また、積立NISAなどに見られる「積立投資」への過剰な傾斜を見ても(ドルコスト平均法を有効だと信じているレベルにあるのかも知れない、との心配を持つ)、もう一歩進んだ(理論的に進んだと言うよりも、自分でよく考え抜いた)金融知識を金融庁自身が持つことが望ましい。

もう一つ有益であるかも知れない視点は、フィデューシャリー・デューティーを唱道する「金融庁のフィデューシャリー・デューティー」について、これがどのような状態にあって、これを誰がチェックして、どう改善するかを考えることだろう。現在、金融庁自身が行っている「金融行政方針」の発表と、フォローアップである「金融レポート」の発表は、金融庁自身による自主的な取り組みで、一定の価値を発揮しているが、これらに加えて、外部からのチェックの仕組みが必要ではないだろうか。そのためには、金融庁及びその周辺にあって、どのようなガバナンスの仕組みがあるといいのだろうかを議論してみたかった。これは、その場で考え、議論してみるに値するテーマだったと思う。

金融消費者から見ると、金融機関も、金融機関を監督する金融庁も、ほぼ等しく警戒しチェックすべき対象である。

金融庁に油断してはいけない。最近では、例えば、金融庁が銀行のカードローンのビジネスを野放しにしていることが大きな問題だと筆者は考える。

 

最後に、以下は、十分な議論が出来なかったパネルでも言えた話なのだが、当面、個人は以下の二点に気を付けていただけるといい。

 

(1)「相談」する相手と運用商品を購入する相手を完全に分ける。

(2)年率0.5%(100万円に対して5千円)を超える手数料の商品を全て避ける(実質的な手数料が分からない商品も避ける)。

 

「年率0.5%」は少し甘いかも知れないが、この2点を厳密に守ると、大半のダメな商品・サービスを避けることが出来る。ご参考にされたい。

以上

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