顧客(投資家)はフィデューシャリー・デューティーをどう見たらいいか

2017/03/21

<金融行政の方向転換>

 

読者は、「フィデューシャリー・デューティー」(以下、「FD」と表記する)という言葉をご存知だろうか。「ニュースでは、読んだことがあるけれども、具体的に何なのか気にしたことはない」という方が多いのではないかと推察するが、金融庁は「顧客本位の業務運営」のことを、こう呼んでおり、金融機関(楽天証券も含まれる)は、FDにどう対応したらいいか、目下、工夫と苦労を重ねている。

筆者の印象だが、日本の金融行政は、2年前から金融機関の顧客の利益を大切にする方向に大きく重心を移した。金融機関の側にはかなりの戸惑いがあり、どこまで金融庁の方向に付いていくのか迷いが見られるのも事実だが、顧客である投資家にとっては、大いに歓迎すべき変化だ。付け加えるなら、ビジネス上、FD的に問題のある勧誘を武器として来なかったネット証券にはFD重視は基本的に好ましい変化だ。

但し、世の中にはよくあることだが、建前と本音には乖離がある。後で説明するが、現在強調されているFDのあり方には、顧客側が却って間違いを犯しやすくなるのではないかと思われる落とし穴がある。

FDの文書化された資料としては、金融庁が金融審議会市場ワーキンググループの報告に基づいて2017年1月19日に発表した「顧客本位の業務運営に関する原則(案)」(http://www.fsa.go.jp/news/28/sonota/20170119-1/01.pdf)があるが、これに対して、金融商品の販売現場が、あり得る個々のケースに於いて「どう行動するとフィデューシャリー・デューティーに適うのか」を説明し、例示した特集を組んだ、雑誌『近代セールス』(2017年3月1日)が興味深い資料だ。同誌は、主に銀行、信用金庫などの支店で読まれているが、原則を文章で説明することに加えて、漫画を用いた営業トークの例示や、様々な場面に関するQ&Aがあって、極めて具体的だ。

例えば、銀行の窓口で投資信託や生命保険の勧誘を受ける顧客は、この本に書かれているような話法に相対する可能性が非常に大きい。

 

<プリンシプル・ベースの特徴と限界>

 

FDの原則は、具体的にこれをしてはならないという「規制」や「ルール」で出来ているのではなく、「このような考え方で行こう」という「プリンシプル(行動原理)」で記述されている。

金融事業者は、これを受け入れることを宣言して、具体的にどうするかは、個々の業者単位で工夫することになっている。個々の原則の一部に関して理由を付して「受け入れない」ことは可能な建て付けだが、ビジネスの文脈上受け入れないという選択肢は考えにくい。金融機関は、自分が原則を「受け入れているのだ」と強弁する前提で自分の行動を正当化する必要がある。

原則は7個ある。厳密な表現は、金融庁の資料を見て頂くことにして、簡単に要約してご紹介しよう。以下、金融業者が従うべき行動の原則だ。

①「顧客本位の業務運営」を行うための方針を策定し公表する。
②顧客に対して誠実・公正に業務を行い、顧客の最善の利益を図る。
③取引に於ける顧客との利益相反の可能性を適切に避ける。
④金融事業者は顧客が負担する手数料その他の費用の詳細を情報提供する。
⑤金融商品の重要な情報を顧客に正確かつ分かりやすく伝える。
⑥顧客の資産状況・取引経験・知識及び取引目的・ニーズに合った商品・サービスの販売・推奨を行う。
⑦社員に対する報酬・評価制度を顧客の利益に合う形で制定する。

 

どの原則も、おおよその意味は分かって頂けるように思うが、「利益相反」について少し補足しよう。利益相反とは、例えば、金融商品の販売会社が、自社のグループの運用会社の商品に偏って顧客に商品を勧めるような営業行為を行うことが該当すると、先の金融庁の文書に例示されている。

さらに、金融商品の販売会社が商品提供会社から委託手数料等の支払いを受ける場合や、同一主体又はグループ内に法人営業部門と運用部門があって運用部門が資産の運用先に法人営業部門の取引先を選ぶような場合も問題であるとも例示されている。

これらは、厳密に解釈すると、投資信託の運用管理手数料の中から販売会社が受け取る代理売買手数料の内容に少なからぬ疑義を生じかねないし、特に最後の論点を突き詰めると、運用部門と法人営業部門を両方持つ「信託銀行」という業態自体にレッドカードが出かねない。

筆者は、以前から、信託銀行は業態上「何でも出来過ぎるのではないか」との個人的な問題意識を持っていたが、金融庁も同様の問題意識を持っているのかも知れない。この問題意識を素直に延長するなら、信託銀行は、銀行と、信託会社と、運用会社に分割し、生命保険会社は保険会社と運用会社に分割して、それぞれの会社の人事交流を制限して実質的な独立性を保つようなリフォームが必要なのかも知れない。信託銀行の対応や、行政の動きに、今後大いに注目したい。

 

<落とし穴は「運用の目的」にあり!>

 

さて、もとの話題に戻ろう。『近代セールス』の特集を読むと、金融商品の販売現場が、FDのプレッシャーに負けていないどころか、FDの考え方を営業に利用しようとしていることが分かる。

例えば、投資信託の購入を考えている顧客に応対する銀行員のトークを描いた漫画には、次のような女性の行員の台詞がある。

 

「投資信託のような

値動きが生じる金融商品の

ご案内にあたっては

投資を希望される目的や

どのような形での投資を

お望みかといったご意向…」

 

「そして

金融商品ご購入のご経験

投資可能なご資金の額や

予定している投資期間など

様々な情報を確認させて

いただく必要がございます」

 

この後、顧客に、「ご提案にあたってのヒアリングシート」に必要項目を記入させて、具体的な勧誘に進んで行く。このやりとりを、親切と思うか、お節介だと思うかは、人によるのだろうが、読者には後者の印象を持たれる方が多いのではないかと想像する。

金融論的にツッコミ所は複数あるが、特に、「投資を希望される目的」という点に注目して欲しい。

そもそも、「なるべく確実に、できるだけ多くお金を増やしたい」という以外の「目的」で投資する人がいるのだろうか。論理的な可能性としては、なにがしか社会貢献のために投資する人がいるのかも知れないが、そのような可能性を販売金融機関が想定することには違和感がある。

『近代セールス』の「お客様」のニーズ別の“顧客本位”の提案実践の解説を見ると、「定期的収入が欲しいリタイア後のお客様」という項目(p44)に、先ず「運用の目的が「定期収入」であるお客様へ提案する商品としては、定期分配型の投資信託が候補となる」とある。

FDの精神を貫徹するとすれば、本来、定期的に使うキャッシュを投資信託の分配金で賄うという形が「損!」であることを誠実に伝えなければならない。

ここで勧めようとしている種類の商品(例えば毎月分配型の投資信託)は、第一に手数料が高すぎること、第二に税制を考えた時に非効率的であること、第三に運用に無理があること(例えば、米国のREITにブラジルレアルのリスクを組み合わせるのは投資として合理的ではない)、などから、そもそも「誰もが」避ける方がいい商品だ。

顧客は、殆どの場合、資産全額を一つの商品で運用するのではなく、銀行に普通預金なども持っているはずだから、投資信託の分配金ではなく、自分の普通預金から必要なキャッシュを引き出す方が合理的だと教えてあげることが、FDの精神に適う行動だ。特に、顧客から預金を預かっている銀行にあっては、そうあるべきだろう。

しかし、本来誰でも同じはずの運用目標(≒お金を増やすこと)を敢えて個別化して、自分達は「個々の顧客の目的に合わせた提案を行っているのだ」という作り話を販売金融機関側の担当者が自ら信じることによって、歪んだ(顧客にとって不利で、販売金融機関にとって手数料収入が大きい、という意味の歪みだ)運用勧誘が行われることになるのだ。

ちなみに、『近代セールス』のこの項目の記事の後半には、

「定期分配型投資信託を提案する際には、目標とする『運用利回り○%』を一つの目安とすることがポイントだ。それが決まったら、投資信託の過去の実績を調べ、対象となる投資信託をリストアップする。投資信託の将来のリターン(運用利回り)は誰にも分からないが、過去の実績なら分配金やリターン、リスクなどのデータから詳しく調べることができる。」とある。

顧客が投資信託からのインカム・ゲインに拘ることの不合理を「顧客のニーズ」だとして正当化し、さらに顧客の関心を利回りに引き付けて、分配金の過去の実績と将来のリターンへの期待をすり替えて説明することによって、FDに適った積もりの、実は悪徳商品の販売が遂行されるという仕掛けになっているのだ。

金融機関によって「悪さ」の程度には差があるだろうが、対面営業の金融機関が、FDの原則を都合良く解釈しつつ、逞しく営業しようとしていることがご推察頂けよう。

 

<個人投資家はどうしたらいいか>

 

個人投資家がどうしたらいいかの結論を手短に言うと、「投資の目的」のような売り手側に好都合なテーマにこだわらずに、効率のいい(手数料が安くて、リスク当たりの期待ターンが高い)リスク運用を、自分にとって適切な額で行うこと「だけ」に留意して、金融機関の窓口や営業担当者には一切運用の相談をしないことだ。つまり、顧客は、金融機関のFD対応には、一切期待してはいけない。

但し、金融庁の方針としてFDが強調されることで、金融機関が、以前よりも必要情報を提供するようになることや、行動が幾らかでも「まし」になることについては歓迎すべきだし、一歩踏み込んで言うなら、金融庁を応援すべきだ。

付け加えるなら、金融庁はFDを強調することだけにとどまるのではなく、金融機関がコスト(顧客が払う実質的な手数料)とリスクについて十分明瞭に伝える事をルール化して、そのルールの実行状態について検査することが必要だろう。つまり、プリンシプル・ベースのアプローチ(=FD)に、ルール・ベースのアプローチを付け加えるのだ。そこまでやらないと、投資家保護は十分なものになるまい。

投資家が十分に保護されて、金融機関が手数料の「率」にあって儲けにくくなるとしても、顧客の投資・運用の結果は大いに改善するので、運用ビジネスの「量」が拡大することにつながっていくだろう。これまで顧客から取ってきた手数料を資産額に対して年間1%でも削減するなら、顧客の運用利回りは1%改善するのであり、運用に対するニーズも満足感も大いに高まることだろう。

過去の日本では、金融機関の強引な営業による儲けすぎが、投資の普及を阻害してきた。FDを改善し(例えば、「投資目的」に対する拘りを除去し)、強化・普及することは、金融業界にとっても長期的なメリットになるはずだ。

 

最後に、例えば、銀行の窓口で毎月分配型の投資信託を勧める場合に、FDの精神を尊重したらどうなるかを想像して窓口担当者が言うべき言葉を考えてみたのでご紹介しよう。顧客は1千万円の投資を考えており、先に想定したような「定期的収入が欲しいリタイア後のお客様」だとしよう。

 

「この度は、当行窓口をご訪問頂きまして、まことにありがとうございます。

さて、お客様にこの投資信託を1000万円ご購入頂きますと、当行には、販売手数料として税別で30万円が入り、更に、残高が維持されております間に年率1.5%、金額に致しまして15万円の運用管理費用をファンド資産の中からお支払い頂き、そのうち0.75%分、年間7万5千円が販売会社である当行の手数料となります。

また、当該商品の投資対象は多数の日本株式なので、一年後に35%程度の損失が生じる確率が2%程度あると考えられ、加えて、通貨のリスクをブラジルレアル建てに変換しておりますために、通貨リスク単独でも年間30%程度の損失が発生する可能性があると推定されます。

加えまして、当商品は、分配金を毎月支払う影響として、分配金が収益から支払われたと致しました場合、年一度の分配の同様商品と比較致しまして、税金面で損失が出る仕組みとなっております点にご留意下さい。

以上の点をご理解頂き、当同意書にご署名捺印を頂けましたなら、当行はお客様にこの投資信託を販売することができます」。

 

これが「FD的」に正しい説明だが、これを聞いて、それでもこの投資信託を買いたいと思う投資家は殆どいないだろう。読者も「嫌だ!」と思われるに違いない。そして、そう思われる読者は、金融論的に100%正しい。顧客が正しく行動するようになれば、金融機関も、金融論的に「くだらない商品」の提供・販売を止めるようになるだろう。全体として、大いに改善する。

以上

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山崎元「ホンネの投資教室」   楽天証券株式会社
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