間近に迫る政策転換
~ 日本に定着した「反成長主義」の一掃を ~

2012/10/29

【ストラテジーブレティン(82号)】

(1) 日本にとりついた貧乏神
異常な日本を正当化する「反成長主義」

日本に妖怪が徘徊している。「反成長主義」という妖怪が。IMF・世銀総会はグローバルリセッションの危険、という問題提起をした。世界の困難は、供給力が増大した一方、深刻な需要不足に直面しているところにある。財政再建も重要だが各国は各々の国内需要の喚起を、と呼び掛けた。そうした中で、需要創造に後ろ向きの日本の姿が際立っている。その日本は世界で唯一デフレに陥り、経済成長のマヒ状態に陥り、世界最悪の株価が続いているが、その原因でもあり症状でもあるものが「反成長主義」という妖怪である。

図表1、2を参照されたい。リーマンショック以降対岸の火事であったはずの日本が、最も深刻な株価低迷を余儀なくされている。住宅バブルとも、ユーロ危機とも、銀行の不良債権と資本不足とも無縁であったはずの日本を異常株安に陥れたものこそ、「反成長主義」という妖怪である。リーマンショック後底値からの直近株価の回復度合いは、米国10割、ドイツ9割の上昇に対して、日本は1割と危機の震源地である米欧をはるかに上回る低迷ぶりである。

また、株式の益回りが社債利回りの8倍という異常なリスク回避を定着させ、金融市場を機能停止に追い込んだのも「反成長主義」という妖怪である。本レポートの末尾に示すように(図表4、5、6)、リスク選好指標である「株式益回り/社債利回り倍率」は1990年の日本のバブルピーク時0.25倍、1999年の米国ITバブルピーク時0.5倍に対して、現在の日本は8倍、米国は2倍、である。1930年代以降、米国でこの比率が最も高かったのは1949年の5倍であることを考えると、如何に今の日本が異常なリスク回避心理にとらわれているかがわかる。

(2) 異常な日本の賃金下落を容認するのか
蔓延する非合理性、「反成長主義」

世界の要請とは裏腹に、日本ではもはや豊かになることではなく、分かち合うことを考えるべき、という反成長論が論壇を支配している。例えば、民主党の枝野経済産業大臣の主張な どはその典型であろう。氏は近著で「明治以来の日本が歩んできた近代化のプロセスはもはや限界である。財政危機を、格差拡大を、原発事故を見よ。いま『成長幻想』を捨て『負の分配』を覚悟し、『脱近代化』社会を作っていかなければならない」(10月14日朝日新聞による紹介)と主張している。現役閣僚のこの主張は、民主党政権が経済成長を軽視し、場合によっては成長を罪悪視するという、世界の常識からかけ離れた思想的バイアスを強く持っていることを物語っている。それは先進国、新興国を問わず、日本を除くすべての国が成長による経済の富の創造を最も重要な国家目標としている中で、極めて異質である。表面的には赤字体質の是正に焦点が当たっているように見えるユーロ諸国の政策も、本旨はギリシャ、スペインなどの南欧諸国が生活水準維持を可能にするために、生産性の向上を図るところにある。

日本ではジャーナリズム、評論家等のオピニオンリーダー、学者や官僚、政治家に至るまで、「反成長主義」に毒されている。枝野氏に見られる議論、「果実を分配するためには成果を増やさなければならないのに、分配だけでよしとする議論」は、「55年体制」の無責任な社会党の体質そのものである。それは豊かになるために必要な経済努力を放棄させ、諦観を植え付け、経済の外に「青い鳥」がいるかのような、思想を定着させる。経済的に豊かになる努力や目標を放棄すれば、可能であるはずの成果が得られないのは当然である。「失われた10年」を「失われた20年」に引き伸ばした最大の原因は、そうした諦観の思想なのではないか。

日本の格差はデフレが原因
成長を敵視・軽視し、デフレを容認する人々は、図表3に示される、日本だけに訪れた長期賃金下落は不可避であり受け入れるべきもの、と言うのだろうか。回避すべく努力する余地はないのだろうか。否、日本の格差は貧しきものの更なる賃金下落によってもたらされた。相対的に賃金水準が低い非製造業の賃金下落が大きいことからもそれは明瞭である。他方、米欧や中国、アジアでの格差は、豊かな者の更なる所得増によってもたらされた。欧米の格差拡大の原因が行き過ぎたレバレッジとバブル形成にあったという側面はあるだろう。しかし、所得格差の事情は日本では全く異なっているのである。日本の格差はデフレ、成長の停止によってもたらされたわけで、それを金融資本主義や、バブル、過度の成長等に帰するのは白を黒と言いつのるこじつけとしか言いようがない。デフレ脱却と成長力の回復こそが日本の格差を縮小する経路であろう。

(3) 間近に迫る政権交代、妖怪追放のチャンス
米国の成功例を教訓に
「反成長主義」の影響力は甚大である。成長の意義を認める人々に対してでさえも、成長に対する意欲を失わせる。たとえば、ロゴフ・ラインハート著「This time is different」邦訳名「国家は破たんする」は過剰なバランスシートの膨張とリスクテイクは破綻し、事後の低成長を余儀なくさせるという、時には正しく、時には誤った議論を絶対化し、バブル崩壊後は何をやっても無駄という悲観・諦観を植え付けている。それは現在の金余り(=低金利)、人余り(=高失業)は金融資本主義の狼藉にあり、そのつけは容易には解消できないという「反成長主義」論者の論拠にもなってきた。日銀はそうした世界観に立ち「金融政策の限界」を言い募ってきた。

しかし、日本の円高デフレは人々の忍耐の限界を超えた。競争力を失うグローバル企業、賃金下落と雇用条件悪化に苦しむ労働者(特に若者)、収益悪化と企業規模の縮小を余儀なくされる国内サービス企業、特に中小企業は、忍耐の限度を超えた。怒りを持って現状変革を強く求め始めている。

好材料はバブル崩壊後の米国が、デフレに陥った日本の軌跡を辿らないことがはっきりしたことであろう。日本は、デフレを回避し、株高とリスクテイク心理とアニマルスピリットの喚起に成功した米国の成功例から学ぶことができる。そうした成功例の前に、今や日銀の傍観者的デフレ観が誤りであることがはっきりしてきた。ゼロまでの金利引き下げ以降も、金融政策の手段は限りなくあり、人々のリスクテイクを後押しし続けることができる。中央銀行がリスクテイカーの側に立てば、リスク回避者は白旗を上げざるを得ない。日本でも量的金融緩和、中央銀行による資産購入は確実にリスクプレミアムを引き下げ、投資を促進するはずである。それは大きな好循環を引き起こす可能性が大きい。

野田首相が近いうちに解散すると約束した以上、解散・総選挙は年内または来年初頭に行われるであろう。その場合、現実性のある責任政党に進化できなかった民主党の大敗は確実であろう。経済困難、ハイテク産業で失われた競争力、尖閣問題に見る中国の台頭と日本のプレゼンスの低下、日米同盟に対する再認識など、政策アジェンダがはっきりし、民意のベクトルも揃ってきた。「55年体制」の遺物が完全に払しょくされ、日本は安全保障においても、経済においても、「反成長主義」の払拭により普通の国になるだろう。

日銀も大批判に直面する。白川総裁の任期満了を目前に控え、政策転換必至であろう。政策が転換すれば、日本株式の大転換が始まる可能性は大きい。

日本は世界の需要創造のセンターになることができる。①膨大な遊休資本の存在、②膨大な潜在失業の存在(若年者のみならず、女性、高齢者等)、③顕著な未充足欲求の存在(=生活水準がまだ低い)、という成長条件がある。加えて、極端に割安化した資産価格は、資産価格是正による大幅なキャピタルゲインの可能性を残している。0.9倍のPBRが世界平均の1.7倍に上昇するだけで、株価はほぼ倍増、株式時価総額は200兆円以上増加する。それに不動産価格の上昇の余地も大きい。

世界経済は緩慢な成長が続き、世界的超金融緩和の下では、投資家の終わりのないリスク資産の探求が続く。未開拓の投資対象を求める旅を続ける世界の投資家が、世界経済と市場の中で、可能性が残された「処女地日本」に立ち止まる日も遠くはあるまい。

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